2026.01.15

異世界対談

【後編】「遺伝子」×「あそび」で「成長」を考える

【後編】「遺伝子」×「あそび」で「成長」を考える

株式会社ジーンクエスト取締役ファウンダー兼株式会社たづ代表取締役社長・高橋祥子さんと、株式会社ボーネルンド代表取締役社長・中西みのりさんを迎え、「遺伝子×遊びで成長を考える」をテーマにディスカッション。 「おもちゃ」ではなく「あそび道具」と呼ぶ理由や、遊びが脳の「可塑性」に与える影響、さらには不登校が増加する教育現場の課題から大人のリスキリングまで、経営学者・入山章栄さんが迫ります。


高橋 祥子

高橋 祥子

株式会社ジーンクエスト 取締役ファウンダー
株式会社たづ 代表取締役社長

大学院在籍中に、ゲノム解析スタートアップのジーンクエストを起業し、代表取締役社長に就任。2023年には、不老長寿テックスタートアップ「たづ」を設立、代表取締役に就任。研究内容や事業内容は、高く評価され、これまで世界経済フォーラムYoung Global Leadersや、Newsweek「世界が尊敬する日本人100」に選出。その他、文部科学省科学技術・学術審議会委員、東京大学経営協議会委員、東北大学ベンチャーパートナーズ社外取締役等も務めている。
中西 みのり

中西 みのり

株式会社ボーネルンド 代表取締役社長

ロンドンの大学でマーケティング、インテリア・建築デザインを学び、ボーネルンドに入社。バイヤー、新規事業担当として世界中の作り手やあそび場を訪問し、あそびと子どもの発達に関する研究、事業開発、店舗および、あそび場の企画開発を行う。その後、取締役副社長として、企画統括を経て、2023年に代表取締役社長に就任。
入山 章栄

入山 章栄

浜松町Innovation Culture Cafe マスター
経営学者

慶應義塾大学経済学部卒業、三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。
2019年より早稲田大学ビジネススクール教授。
テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』のコメンテーターを務めるなど、TV出演も多数。
田ケ原 恵美

田ケ原 恵美

浜松町Innovation Culture Cafe 見習い店員

1994年生まれ、滋賀県出身。大学在学中、学内で開催されたミスコンテストで準グランプリを受賞。
SNSのマーケティングスキルを活かしタレント・インフルエンサーとして活動を開始。卒業後はITベンチャーで広報部の立ち上げを担当。自社PRだけでなく、業界啓蒙やファンベースを生かした広報活動を経験。松竹芸能所属。

「おもちゃ」ではなく「あそび道具」 ボーネルンドが言葉に込める意味

たがえみ
たがえみ
ここからは「遊びとは何か」というテーマについてお話を伺っていきます。 まずは中西さん、ボーネルンドとして、あるいは個人として「遊び」をどう定義されていますか?
会社としても個人としても、「遊びは自由なもの」だと思っています。正解も不正解もない、だからこそ大切なツールです。
ボーネルンドでは、販売しているものを「おもちゃ(玩具)」ではなく「あそび道具」と呼んでいるんですが、これには理由があります。 道具というのは、子供が「遊ばれる」のではなく、子供自身がアクションや発想、好奇心を持って使いこなし、世界を広げていくためのツールだからです。主体はあくまで子供自身にあるという意味を込めて「道具」と呼んでいます。
中西
中西
たがえみ
たがえみ
なるほど。「おもちゃ」と呼ばない理由にはそういう背景があったんですね。
入山章栄
入山
でも、おもちゃを与えたからって遊ぶとは限らなくて。その辺のペットボトルで勢いよく水を出して遊ぶこともありますし、子供には「これはおもちゃだ」という概念がありませんよね。
極端なことを言えば、子供がときめいて安全であれば、ペットボトルでもガムテープでも何でもいいんです。うちの娘も小さい頃、ガムテープと瓶の底でひたすら「丸」を書いて遊んでいました。
「これ丸いな」と観察して、転がして追いかけて。彼女にとってはそれが立派な遊びなんです。だから、既製品のおもちゃだけが遊び道具ではないと思っています。
もちろん安全であるという前提があってほしいですが、「これが良い」と大人が決めるのではなく、ビニール袋一枚でもガシャガシャ鳴らして子供が泣き止むなら、それは立派な遊び道具なんですよね。
中西
中西
私の仮説では、遊びとは「それ自体が目的である行為」だと思っています。 勉強や食事は「将来のため」「エネルギー摂取のため」という目的や手段になりがちですが、遊びはエネルギーを使うけれど、その行為自体が目的であり、生物にとって合理的かどうかわからないけれど素晴らしいものですよね。
高橋 祥子
高橋
「遊び(隙間)」という言葉があるように、人の生活にも「遊び」がないと回らないですよね。その時間に自分に戻れたり、余白があるからこそ、人は楽しみながら柔軟に物事を吸収できるのだと思います。
中西
中西

「働く・学ぶ・遊ぶ」が重なる時、最強のパフォーマンスが生まれる

入山章栄
入山
面白いですね。本で読んだ言葉ですごく好きなものがあって。「一番理想的な状態というのは、働く・遊ぶ・学ぶが重なっている状態である」と。 これを読んだ時、僭越ながら「自分のことだ」と思ったんですよ。僕、正直あんまり働いている感覚がなくて、ほぼ遊んでいるんです。
わかります。私もそうです。
中西
中西
入山章栄
入山
遊んでお金をもらっていると言うと怒られそうですけど、今日だってお二人と喋ってめちゃくちゃ勉強になっている。本来、この3つはそんなに線引きされないものなんじゃないかと思うんです。
現代社会では「働く=辛いこと」とされがちで、その対照概念として「遊び」があると思われていますが、実は両者は変わらないのではないでしょうか。
研究者もそういう人が多いですよね。「好奇心」が原動力にあって、それを追いかけていたら結果的に仕事になっていた、みたいな。好奇心や「楽しむ」という気持ちがないと、良い仕事は生まれない気がします。「仕事だから真面目にやらなきゃ」と構えるより、リラックスして楽しんでいる方が、吸収力も高まるし良いものができる。
高橋 祥子
高橋
私たちも遊びを考える会社なので、子供の目線に合わせないといけない。子供の好奇心にはなかなか追いつけないですが、楽しんでいないと楽しいものは生まれないんですよね。
中西
中西
入山章栄
入山
ちなみに、好奇心の強さは遺伝子で先天的に決まっているものなんですか? 僕はありがたいことに好奇心が強いタイプで、面白いことだけやってここまで来たんですが、もし好奇心が弱かったらライフプラン優先になっていたのかなと。
遺伝的に好奇心が高いタイプというのは一応あるんですが、環境の影響も大きいです。抑圧されて育つとそのまま萎縮してしまうし、周りに好奇心旺盛な人がいると高まりやすい。 私自身、実はすごく抑圧された家庭で育ったんです。門限も厳しくて、テレビも禁止。「昨日のあれ見た?」という学校の話題についていけない人生でした。
高橋 祥子
高橋
入山章栄
入山
ええっ、今の高橋さんからは想像できないですね!
だからその反動かもしれません。大学院に行って、生き生きと研究している先輩たちと「これ面白いよね」と話しているうちに、どんどん解放されていった感じです。
高橋 祥子
高橋
入山章栄
入山
なるほど、後天的に変えられるということですね。

脳の成長は「可塑性」が鍵 遊びは脳回路を太くする

たがえみ
たがえみ
高橋さんは、遺伝子や生命科学の視点で「成長」をどのように定義されますか?
「身体的な成長」と「脳の成長」は全く別物です。身体的な成長はある程度遺伝的にプログラムされていますが、脳の成長は「どのような環境に置かれたか」がものすごく影響します。これを脳の「可塑性(かそせい)」と言います。
高橋 祥子
高橋
入山章栄
入山
可塑性。粘土のように形が変わる性質のことですね。
そうです。脳は生まれた環境に合わせて適切に発達するようにできているので、最初はどんな方向にも育つようになっています。
例えばスポーツ選手が同じ動きを繰り返すと、そこの神経回路が太くなって何も考えずに動けるようになる。野球でもフィギュアスケートでも、日常では使わない動きを何も考えずにできるようになるのは、繰り返される神経が強固になるからです。
逆に、思考停止して育つと思考できなくなってしまう。だから、「どんな遊びをするか」は脳の発達にものすごく影響するんです。
高橋 祥子
高橋
遊びの視点で見ると、1歳くらいまでは本能的・機能的な成長ですが、そこから先は「トライ&エラー」を繰り返して、好奇心が「好き」になり、「もっとやりたい」と広がっていく。そのプロセス自体が成長だと捉えています。
中西
中西
入山章栄
入山
親としては「これをやらせた方が成長するんじゃないか」と考えがちですが、中西さんとしてはどうですか?
親が習得させたいから与えるのではなく、その子自身が興味を持った時、「その瞬間」を見てあげることが大事だと思います。
中西
中西

不登校は5万人増 「画一的な学校教育」とどう向き合うか

入山章栄
入山
ただ、小学校に入ると学習指導要領があって、「全員同じことをやらなきゃいけない」世界に入りますよね。ここはどう捉えればいいんでしょう? 理想的には一人ひとりの好奇心に合わせて山を登ればいいけれど、学校で40人いるとカスタマイズは難しい。
ゴールは決まっていても、そこにたどり着くアプローチは違ってもいいと思うんです。例えば国語の力をつけるのに、教科書じゃなくて好きな物語に没入する形でもいい。選択肢があってもいいですよね。
ただ、40人中38人は今のやり方で良くても、2人は当てはまらないかもしれない。その子たちのための選択肢が必要だと思って、実はフリースクールを立ち上げたんです。
中西
中西

私、娘が小学校に上がる時、すごく不安だったんです。自分が日本の学校の授業がつまらなすぎて辛かったので……。 その時は、母親に「字が汚い」と言われたので、教科書の字を最初から最後まで全部なぞるという「遊び」を自分で見出して、なんとか凌いだんですけど。

だから娘は日本の「画一的にこれをやりなさい」というスタイルより、オープンエンドでアクティブラーニングな環境の方が合っているかなと思って。 でも、インターナショナルスクールだから自由かというと、今度は「宿題は?」と聞かれたりして、難しいところもありますね。

高橋 祥子
高橋

今、小中学生の不登校が約35万人いて、毎年5万人ずつ増えているんです。子供の数は減っているのに。これは「学校という枠組み」が合わない子が増えている証拠だと思います。 だから私達もフリースクールを始めました。「学校に行かない」という選択をするのも勇気がいること。そういう多様な選択肢があれば、親も子も安心できるんじゃないかと思います。

学校に行かないなら行かないで、アルバイトなら行く。それでいいじゃないですか。否定せず、どんな選択をしても大丈夫だと思える環境が大事ですね。

中西
中西
私は京大出身なんですが、京大には「変人たれ」という教えがあって。
周りがみんな変人だから、自分が変でも楽になった経験があります。 その前は普通の公立校で、女子グループの同調圧力みたいなものがすごく辛かった。未だに同質性の高い女子グループを見ると緊張してしまうくらい。だから、学校と家庭だけじゃなく、いろんな世界を持つことが大事ですよね。私も名前を隠して社会人アカペラサークルに入っているんですが、「誰でもない私」でいられる場所があるだけで救われます。

高橋 祥子
高橋
たがえみ
たがえみ
一方で、特に子供が小さい頃だと、「少し成長が遅れているんじゃないか」みたいな、個人差を気にされる親御さんも結構いらっしゃる印象がありますが、これを前向きに受け止める考え方はありますか。
比較しなくていいと思います。そのままでもその子の個性だから、それでいい。あの前でもたくさん情報があるしみんな比較したがるからその中でうちの子をくれてんじゃないかとかわからなくもないけれど、目も耳を閉じたらいいとおもいます。その瞬間を一緒に楽しめることが大事で、信頼関係もそこで生まれる気がします。
中西
中西
私は1人目のときはわからなかったのですが、2人目が産まれるときには何か遅れてったとしても、何も問題がないんだなと考えるようになりました。
高橋 祥子
高橋

人生100年時代、大人こそ「遊び」を取り戻せ

たがえみ
たがえみ
最後に、大人にとっての遊びについても伺いたいです。最近よく「リスキリング(学び直し)」と言われますが、中西さんはどうお考えですか?
大人のための遊びももっと必要だと思っています。実は大人向けの「キドキド(遊び場)」しているのですが、鎧を脱いで思いっきり遊ぶと、新しい自分の好奇心に気づいたりするんです。「私、こんなこと好きだったんだ」って。 リスキリングと言う前に、まず遊んで自分を取り戻すことが、次のステップに繋がると思います。
中西
中西
入山章栄
入山
日本の「おじさん」達はずっと「やるべきこと」をこなしてきているから、「何やりたい?」と聞かれても答えられないことが多い。 部長になることが目標で、自分のやりたいことが見えなくなっている人とか。そういう時こそ、40代、50代でボーネルンドで遊ぶべきですよ。
年齢に関係なく、その時々で楽しめる場所や機会があるといいですよね。 日本は少子高齢化が進みますが、「高齢者は盆栽かゲートボール」みたいな固定観念じゃなくて、もっと尖った楽しみ方があってもいい。人間の可能性、特に大人の可能性をもっと解放できるんじゃないかと思います。
高橋 祥子
高橋
入山章栄
入山
そうですね。僕もスタートアップ業界にいますけど、「若い人が偉い」みたいな風潮が強すぎる気がします。「Stay Young」とか言いますけど、人生100年時代なんだから、80歳、90歳で尖ったスタートアップがあってもいい。
本当にそうですね。大人が楽しそうに遊んでいたら、子供たちも未来に希望を持てる。 子供の場所、高齢者の場所と分断されるのではなく、世代を超えて楽しめる場を作っていきたいです。70代向けのボーネルンド、やるかもしれません。
中西
中西
入山章栄
入山
楽しみです。「遺伝子×遊び」の話から、日本の教育、そして大人の生き方まで、非常に深い議論になりました。 遺伝子は99.9%同じでも、0.1%の違い、つまり3000万箇所の違いが個性を作る。だからこそ、カテゴリーに当てはめず、個性を尊重してコミュニケーションしていく重要性を感じました。 高橋さん、中西さん、本日はありがとうございました!