2026.03.17

異世界対談

【前編】サンゴとインフラから考える 維持・管理の可能性

【前編】サンゴとインフラから考える 維持・管理の可能性

高倉 葉太

高倉 葉太

- Yota Takakura -

株式会社イノカ CEO

東京大学工学部を卒業後、東京大学大学院・暦本研究室で機械学習を用いた楽器の練習支援の研究を実施。2019年には株式会社イノカを設立。
サンゴ礁を始めとする海洋生態系を室内空間に再現する「環境移送技術」を構想し、研究開発を推進。2021年より一般財団法人 ロートこどもみらい財団 理事に就任し、Forbes JAPAN「30 UNDER 30」にも選出。
森川 春菜

森川 春菜

- Haruna Morikawa -

オングリットホールディングス株式会社 代表取締役CEO

医薬品卸会社勤務を経て結婚し、専業主婦に。友人から仕事と子育ての両立の難しさについて相談され、人材不足の業界で活用する方法を模索し、当時ゼネコンの開発部長だったご主人と協力し、専門知識なしで使えるインフラ点検用のデータベースをおよそ4年かけて構築。
2018年にオングリットホールディングスの前身となるオングリットを創業。これまでに「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2025」を始め、数々のビジネスコンテストで入賞。
入山 章栄

入山 章栄

- Akie Iriyama -

浜松町Innovation Culture Cafe マスター
経営学者

慶應義塾大学経済学部卒業、三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。
2019年より早稲田大学ビジネススクール教授。
テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』のコメンテーターを務めるなど、TV出演も多数。
田ケ原 恵美

田ケ原 恵美

- Emi Tagahara -

浜松町Innovation Culture Cafe 見習い店員

1994年生まれ、滋賀県出身。大学在学中、学内で開催されたミスコンテストで準グランプリを受賞。
SNSのマーケティングスキルを活かしタレント・インフルエンサーとして活動を開始。卒業後はITベンチャーで広報部の立ち上げを担当。自社PRだけでなく、業界啓蒙やファンベースを生かした広報活動を経験。松竹芸能所属。


株式会社イノカCEOの高倉葉太さんと、オングリットホールディングス株式会社代表取締役CEOの森川春菜さんを迎え、「サンゴとインフラから考える 維持・管理の可能性」をテーマにディスカッション。 サンゴや海など海洋生態系の研究開発を行う高倉さんと、新しい技術を使ったインフラの管理・保守に取り組む森川さんに、経営学者・入山章栄さんが迫ります。

経験だけに頼らない現場へ インフラとサンゴの共通課題

入山章栄
入山
生物の管理は難しいと思いますが、どの辺りがカギですか?
一番分かりやすいのが犬と猫ですね。種類にもよると思いますが、大体は人間が住んでいる環境と同じ環境にいると育ちます。
高倉葉太
高倉
入山章栄
入山
犬は人間に育てられるように進化したとよく言われていますよね。

ただ、爬虫類になると話は変わります。温度や湿度の制約が厳しくなりますし、水に溶けている成分にも敏感です。生き物にはそれぞれ「耐えられる環境の許容値」があって、それを理解することが不可欠です。

犬や猫なら「尻尾を振っている」「嬉しそうだ」といった様子から状態を読み取れますが、サンゴの場合、今の環境が適しているのかどうかが非常に分かりにくいんです。

高倉葉太
高倉
入山章栄
入山
人間の子どもなら「おいしい」「まずい」と言ってくれるから簡単ですよね。犬も食いつき方である程度は分かりますが、サンゴは反応が見えにくいですよね。
まず「元気かどうか」を判断するところから難しく、特にサンゴのような飼育難易度が高い生物は顕著です。
高倉葉太
高倉
入山章栄
入山
飼育が難しくても、人間が管理しなければならない場合はどうすればいいのでしょう?
インフラの話にも通じますが、経験を積んだ人は「このサンゴは放っておくと危ない」と直感的に分かるんです。熟練している人から学ぶ事は、生物を飼育する事においてものすごく重要で、熟練の飼育者は、水を見ただけでサンゴが元気に育つか判断できるようになります。
高倉葉太
高倉
入山章栄
入山
水を見ただけで違いが分かるんですか?
目視だけで「水のきらめきが違う」と言うんですが、実際に当たるんです。我々はその感覚を、水質や微生物など複数のパラメータに分解してデータ化しています。初心者でも熟練者と同じ環境を再現できるよう、さまざまなセンサーや機材を活用しています。
高倉葉太
高倉
入山章栄
入山
高倉さんの話を聞いて、森川さんはいかがですか?
インフラとの共通点があると感じました。我々も熟練者の感覚に頼っている部分があり、大きな課題解決や人手不足の解消には繋がっていません。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
建設の世界にも職人がいますよね。構造物を叩いて、響きで「この建物は元気が良い」と判断するわけですよね?
コンクリートを叩いた音で、浮きがあるかどうか、内部の鉄筋が膨張していないかなどを見極めています。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
「浮き」が発生すると、コンクリートの状態が悪くなるのですか?
コンクリートの内部に空洞ができ、劣化も進行してしまい、放置すると安全性にも関わります。
森川春菜
森川

壊「非破壊×データ活用」維持・管理の次世代モデル

入山章栄
入山
建設の分野も人手不足になってきていますが、どのように補おうとしていますか?
これまで職人さんは、技術を習得するために数年かける必要がありました。弊社ではデータやテクノロジーを活用して、技術習得の期間を短縮したり、未経験者の方でも現場に行っていただけるような仕組みを作ったりしています。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
打診(打診調査)では構造物をハンマーで打って、音や響きで「元気が良い」とか「浮いている」とかを診断していますよね。こうした技術はデジタル化出来るのでしょうか?

今は「コア抜き」といわれる方法で、ドリルで円柱状の穴を開け、コンクリート内部に入り込んだ塩分濃度を調べています。ただ、これは健全なコンクリートにも穴を開けて傷めてしまう事になります。

弊社では現在、コンクリートを破壊せずに中性子を当て、ガンマ線の反応によって内部の塩分濃度を調べる技術を開発しています。昨年、国交省の中で新しく認可が下りた技術で、従来の方法よりコストは少し高くなりますが、課題が解決すればコンクリートを傷めずに調査が可能になります。

森川春菜
森川
入山章栄
入山
オングリットでは、まだ広く使われてはいないでしょうか?
少しずつではありますが、案件は増えているところです。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
ガンマ線を当てると、コンクリートの中にどのくらい塩分が入っているか分かるわけですね。

生物も同じで、非破壊検査がとても大事です。特に生物は殺さずにデータを取る事が重要です。人間にとってのエコーやCTスキャンのように、外側から検査を行います。

弊社は関西にもラボがあり、CTOが関西大学の教授なんです。関西大学とコラボレーションして、先生が元々持っていたCTスキャンを使えるようになり、実際にサンゴをCTスキャンしています。

高倉葉太
高倉
入山章栄
入山
サンゴをCTスキャンしているんですか?
サンゴが何かにくっついて伸びていく様子やどれくらいの密度があるのか、これまでサンゴを殺さないと分かりませんでした。今は小型のCTスキャンに生きたままのサンゴを入れて、骨付きの状態を見ています。
高倉葉太
高倉
入山章栄
入山
サンゴをCTスキャンに入れた結果、何か分かった事はありますか?
たとえば1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月それぞれの変化を見たい場合、その都度サンゴを殺さなければいけません。今は経時変化で細かくデータが取れるので、「サンゴってこうやって、この素材に反応するんだ」というのが分かります。
高倉葉太
高倉
入山章栄
入山
インフラも生物も大事なテーマは「非破壊」なんですね。
点検するために構造物を傷めてしまう事になっていくので、どのように循環させながら、一緒に意識した維持管理が求められていると思います。
森川春菜
森川

年間2000橋が通行止めに インフラ業界が抱える危機

たがえみ
たがえみ
インフラの維持、保守、管理は感謝されにくい領域だと思うのですが、どのようにお考えですか?
入山章栄
入山
「建物を作ったよ」という時は盛り上がるけど、その後のメンテナンスになると「作業員さん、ご苦労様」程度の感じですよね。
たがえみ
たがえみ
道路に穴が開いて、やっと「ヤバいんだ」と気付く感じですよね。
「ありがとう」と直接言われる仕事ではないので、入社時にはスタッフに「お客様に“ありがとう”と直接言われる仕事ではないけれど、やっていることは重要な仕事です」と伝えて、やりがいに繋げてもらえるようにしています。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
日本でもインフラの管理・保守が大事といった流れはありますが、業界の中で機運の変化は感じられますか?
弊社の場合は、新技術を使ったり自社開発を行ったりしている事もあり、若い人が集まってきています。自然災害や老朽化がニュースになる中で、社会課題の解決という観点から関心は高まっていると感じます。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
高倉さんはいかがでしょうか?
僕らの場合、水槽などが維持・管理の役割にあたりますが、自然そのものの維持・管理にはお金が払われていません。壊れた後にどう戻すか、といった話になりがちです。本当は維持・管理をした方が絶対に安いのですが、自然環境では壊れてから対応する事が当たり前になっています。
高倉葉太
高倉
入山章栄
入山
僕も酒を毎日飲んでいますけど、病気になってから「何をやってるんだ、俺は」と(笑)。人間の性ですよね。
「こんな事をしていたら、そりゃサンゴはいなくなるよ」と、ずっと言われてきました。そして今、本当に取り返しがつかない状況となってから世界中が焦って動き始めています。最初からサンゴの維持・管理をしていれば深刻にならず、多くの技術やお金も必要無かったと思います。
高倉葉太
高倉
インフラ業界では、いわば壊れる前の”経過”をずっと調査しています。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
まさに建物の健康診断ですね。だけど、自然には健康診断が無いですよね。
モニタリングはされていますが、「ヤバい」と分かっても、「もうヤバそうです」と言い続けている状態です。
高倉葉太
高倉
入山章栄
入山
データはいろいろあるけど、「本当に失われる前にお金を出して直そう」といった発想が、建設・土木にはあっても、生物や自然には十分に無いわけですね。
たがえみ
たがえみ
難しい問題ですね。
入山章栄
入山
森川さんは、自治体やお客様に「これは危ないですよ」といった報告はされますか?
そうですね。その後の補修や設計をどうするかを決めるのはお客様ですが、予算が無いと通行止めにしてしまう事もあります。田舎の方に行くと通れない橋も実際にありますが、通行止めにしたり、直さない橋もあったりします。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
予算や役所の姿勢によって、対応にも差が出るわけですね?
小さな自治体ほど人も予算も足りません。小さな橋も含め、年間約2000橋が通行止めになっています。
森川春菜
森川

手作業が9割 インフラ点検の知られざる実態とは

入山章栄
入山
いろんな橋やインフラにおける管理の現場で、特に難しい点は何ですか?
私たちの業務で難しいのは、目に見えない劣化をどう見極めるかです。同じ橋でも環境や建設された年代で傷み方が違うため、だからこそデータと経験の両方が必要です。人の感覚をAIでどう補うかが今の課題ですね。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
「見えないけど、違いが出る」とは、どのような事ですか?
海の近くでは塩害が進みますし、高度経済成長期の構造物は骨材が良くない場合もあります。そうした見えない劣化をどう捉えるかが難しいですね。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
今はどうやって見極めているのですか?
現在も基本的には、人による手作業です。国は新技術の活用を推進していますが、非破壊検査を使っても、最終的にはデータと経験が必要になります。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
打診のような昔からある職人技は、他にもありますか?
至近距離から確認する「近接目視」があります。打診も人の耳で聞き、現地に行って叩いたり、損傷箇所をチョークで書き込んだり、手書きで記録した図面を事務所に持ち帰って報告書を作成します。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
スマホを使って写真を撮ったりはしないのでしょうか?
基本は現地に行って、手で図面を書いています。タブレットや写真を使って、損傷やクラック(ひび割れ)を抽出する新しい技術も実際に使われていますが、手書きによる作業もまだ多いです。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
結局、目で見て、手で叩いて、手書きで記録するわけですね。
報告書がデータになるまでの9割以上は、人による手作業です。
森川春菜
森川
たがえみ
たがえみ
とにかく人手が必要な仕事なんですね。
いかに作業を効率化していくかが課題ですね。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
しかも熟練者が必要になってきますよね。
たがえみ
たがえみ
初心者では難しいですよね。
入山章栄
入山
高倉さんはいかがですか?
海の中も見えないので、船で真上に行かないといけませんし、海の調査には人手もまだまだ必要です。サンゴがどれくらい生えているのか海の中に潜って、長いメジャーで何本もラインを引いて測っています。
高倉葉太
高倉
入山章栄
入山
未だに物理的な巻き尺で測っているのはキツいですね。
最近はドローンや衛星写真もありますが、僕らも結局、海を再現する前の調査は潜水士が行っています。
高倉葉太
高倉
橋梁の水中部分も潜水士が点検します。ただ、構造に詳しい必要があるため、橋梁の点検士が潜水士資格を取る事もあります。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
現在の土木やインフラにおいて、補修が注目されている分野はありますか?
最近では水道管が見直されている事が多いですね。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
橋が1年に約2000橋も使えなくなっているのは、注目もお金もあまり集まらないのでしょうか?
橋は日本に約73万橋もあり、5年に1回の定期点検が法律で義務付けられています。
森川春菜
森川
入山章栄
入山
約73万橋もあると管理の負担もすごくて「この橋はいいや」と出てきますよね。管理をする上で大事なのは、チェックをする第1段階を超えて、状態が悪くなっている時に行動を起こせるかが本質なんですね。