2026.05.20

異世界対談

【後編】科学技術を社会実装するには?

【後編】科学技術を社会実装するには?

牧 兼充

牧 兼充

- Kanetaka Maki -

早稲田大学ビジネススクール准教授
主な兼職として、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)監事、カリフォルニア大学サンディエゴ校ビジネススクール客員准教授など。

入山 章栄

入山 章栄

- Akie Iriyama -

浜松町Innovation Culture Cafe マスター
経営学者

慶應義塾大学経済学部卒業、三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。
2019年より早稲田大学ビジネススクール教授。
テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』のコメンテーターを務めるなど、TV出演も多数。
田ケ原 恵美

田ケ原 恵美

- Emi Tagahara -

浜松町Innovation Culture Cafe 見習い店員

1994年生まれ、滋賀県出身。大学在学中、学内で開催されたミスコンテストで準グランプリを受賞。
SNSのマーケティングスキルを活かしタレント・インフルエンサーとして活動を開始。卒業後はITベンチャーで広報部の立ち上げを担当。自社PRだけでなく、業界啓蒙やファンベースを生かした広報活動を経験。松竹芸能所属。

今回の浜松町Innovation Culture Cafeは、マスターの経営学者・入山章栄さんが常連客となり、早稲田大学ビジネススクール准教授の牧兼充さんを迎えて、「科学技術」をテーマにディスカッション。サイエンティストたちから見たビジネススクール、科学技術が抱える構造的問題、次世代イノベーションの本質について迫ります。

サイエンティストにおけるMBAの価値とは

たがえみ
たがえみ
サイエンスという土台を持った人がビジネスを学ぶ場合、社会との接点を理解する上でMBAの役割は大きいと思いますが、実際にビジネススクールへ行かないと未だに難しい状況なのでしょうか。
サイエンスを学んできた人が好む授業と、そうでない授業は、ある程度分かれる印象があります。アメリカ型の実証主義的な研究に基づいた授業の方が、サイエンス出身の人には受け入れられやすいと感じます。
牧兼充プロフィール写真
入山章栄
入山
科学的な裏付けに基づいて理論を構築し、さまざまな手法で検証した上で「統計的にこう言える」と明確に示せるかどうか、ですよね。自然科学の分野を経験してきたサイエンティストにとって非常に馴染みやすく、ビジネススクールでも評価されやすいわけです。
一方で、定性的でやや曖昧なロジックに対しては、サイエンス出身の人ほど違和感を覚えやすいと思います。経営学の一部の領域などがそうですね。
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入山章栄
入山
早稲田のビジネススクールには、博士号を持つ研究者が多く在籍する一方で、実務の世界で成功してきた著名なコンサルタントの方々もいらっしゃいます。そちらの方が授業の人気が高い事も多いのですが、そうした授業の中には、経験則ベースで語られるものもあります。

もちろん、それ自体には大きな価値があるのですが、サイエンティストの視点からすると「どこまで裏付けがあるのか」と感じてしまうんですね。

最近は、学生の傾向も少し変わってきている気がしていて、以前よりもエビデンスベースドに基づいて判断する授業の人気が高まっている印象があります。
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入山章栄
入山
要するにデータを収集して、統計的に検証した確かな土台があるという事です。
これだけAIが流行って、「AIを使えないといけない」といった認識が広がる中で、MBAで学ぶべきスキルセット自体が変わってきているのではないでしょうか。

AIは、単に使う事自体が目的ではなく、AIを活用してビジネス上の意思決定を行う事が本質です。そのトレーニングの重要性が今までよりも重要になっていますし、それに対応できる授業やゼミの必要性も増しています。

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入山章栄
入山
その点で強調したいのは、日本にも優れたビジネススクールは数多くありますが、早稲田には僕も含めて、かなり前のめりな先生が多いです。AIを使い倒す事にも積極的で、牧さんはその中でも一番前のめりかもしれませんね。
たがえみ
たがえみ
学生に対しても、授業で論文を書く際にAIを活用するよう指導されているのでしょうか?
レクチャーも行っていますし、ゼミでは実際にAIを活用する前提で指導もしています。
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早稲田ビジネススクールに見る AI時代の教育最前線

入山章栄
入山
早稲田のビジネススクールの中で、AIも含めたデジタル技術の実装は、牧さんが一番早いんですよ。2020年初頭にコロナが来ましたよね。みんな「これからどうなるんだろう」と不安になっていた時期に、今となっては当たり前ですが、当時はオンラインで授業をやるなんて誰も経験が無かった。

その頃に「牧さんはコロナ前からオンライン授業をやっている」と聞いて、緊急事態宣言前に彼の研究室を見に行ったんです。既にしっかり運用していて、数ヶ月後にはグリーンバックまで使っていて、結構お金もかけている。「これは今から絶対必要じゃないか」となって、すぐ緊急会議を開きました。

牧さんに教えてもらいながら、オンライン授業へのデジタル投資が決まって、結果として日本の大学の中でもかなり早い段階で、オンライン授業に切り替えたと思います。

そうですね。かなりスムーズに上手くいった方だと思います。
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たがえみ
たがえみ
すごいですね。それはやはり、既に実績があったからこそですよね。
入山章栄
入山
牧さんがいた事も大きいし、早稲田のビジネススクールは前のめりな人が多いんですよ。
たがえみ
たがえみ
新しい技術に対して前向きなわけですね。
同じような事は、ChatGPTの時にも起きたと思っています。ChatGPTが出たのは2022年11月頃でしたよね。翌年の春のシラバスには、「この授業では生成AIを使わないといけない」と明記して、生成AIの活用方針を一番最初にシラバスに書いた人の一人だったと思います。
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入山章栄
入山
当時はむしろ、AIを禁止している先生の方が多かったですよね。
たがえみ
たがえみ
「AIに頼るのはどうなんだ」という事ですよね。
ビジネスパーソンは効率良く学ぶべきで、使えるものは何でも使うべきだと思っています。その一方で、使う際のリスクや注意点を教えるのも授業の役割です。

もう一つは、生成AIが登場した直後に、MBAの修士論文を提出した学生たちに向けて、「皆さんは生成AI以前の時代に修論を書いた最後の世代です」と伝えました。翌年からは評価基準を変えないと、同じ基準では評価できない話をして、実際に指導方法や論文の評価基準を見直しました。

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入山章栄
入山
そういう意味で「ビジネススクールが果たす役割とは何か」という問いに答えると、時代は確実に変わってきていますよね。少し前までは、財務やマーケティング、人事といった教科書的な知識を教えて、学んでもらって、資格を提供する事がビジネススクールの主な役割だったと思います。
たがえみ
たがえみ
いわゆる「体系的に学ぶ」という事ですね。
入山章栄
入山
これからの時代に重要なのは、変化が激しいからこそ、リスクを取って挑戦する姿勢が求められていて、ビジネススクール自体がその姿勢を体現する事が重要だと思っています。早稲田のビジネススクールは、比較的実践できている方だと思いますし、これからはますますそういう方向になっていくでしょうね。
私は「Lab to Market」という授業をずっと持っていて、研究とビジネスの間をつなぐ役割は、ビジネススクールが大学に対してもっと貢献できる領域だと考えています。さまざまな大学の理系研究室の先生方に協力いただき、ビジネススクールの授業に技術のネタを持ち込んでもらっています。

その上で、MBAの学生たちが実際にその技術をもとに、どんなマーケットがあるのかを調査する授業を行っています。想像以上に学生からの評判も良くて、「こういう事をやってみたかった」という人が多いんだと感じています。実際に、そこから新しいビジネスが生まれるケースも出てきています。

特にビジネススクールは、同級生にさまざまな業界の人が揃っているので、新しいアイデアを思いついた時にヒアリングもしやすいんですよね。そうした意味でも、この取り組みは大きな価値があると感じています。

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たがえみ
たがえみ
同じテーマについて聞いても、人によって捉え方や考え方が異なるのを間近で見られるのも、授業の面白さの一つなんでしょうね。

科学技術はなぜ社会実装されないのか

たがえみ
たがえみ
入山先生は、科学技術の社会実装における課題として、どんな点が思い浮かびますか?
入山章栄
入山
1つ目は、人材の「置き場」です。アメリカではスター・サイエンティスト的な人たちが、スタートアップを通じて最先端の技術を社会実装しています。一方、日本では優秀な研究者、特に理系の多くが大企業の研究所に所属しています。
たがえみ
たがえみ
就職先としては一番多いですよね。
入山章栄
入山
大企業である以上、意思決定が遅くなりがちで、リスクも取りにくい。自由な発想が制約される面もあります。さらに、日本では有名な教授の推薦で大企業に進むケースも多く、結果として組織に閉じたキャリアになりやすいです。

加えて、研究所は地方にある事も多いので、本来であれば多様な人と出会い、ビジネスの機会に触れる事で可能性は広がるはずです。スター・サイエンティストになり得る人材が、今どこにいるのかが大きな課題だと思います。そして2つ目は、インセンティブの問題です。

たがえみ
たがえみ
「頑張る動機」ですね。
入山章栄
入山
動機はいろいろあると思いますが、やはりお金の要素は大きいと思います。特にバイオテクノロジーの分野では、日本は薬価が低いといった構造があります。薬が安いからいろんな医療を受けられる点では素晴らしい制度ですが、開発側からすると収益性が低く、ビジネスとしても成立しません。

一方、アメリカは薬価が高く、特定の人にしか良い薬が流通しないけど、ビジネスとしては成立しやすい。日本では良いスタートアップが出にくいので、日本で成功した企業が、途中からアメリカに拠点を移すケースもあります。

「薬価を上げるべきだ」と単純に言いたいわけではありませんが、研究者がビジネスに挑戦しやすくなる仕組みをどのように作っていくかが、日本の大きな課題です。

たがえみ
たがえみ
日本を起点にしながら、世界に展開できる仕組みが重要という事ですね。
薬価に関する議論は進み始めていますし、インセンティブが重要だという認識も広がってきています。もう一つ重要なのは、薬価の「予見性」が日本に限らず、アメリカでも最近課題になっています。
牧兼充プロフィール写真
入山章栄
入山
「予見性」とは何でしょうか?
ある薬の価格がいくらぐらいか、どれくらいの期間で維持されるのかを予測できるかどうかです。薬価が10年程度変わらないと見通せれば、予見性が高いわけですよね。
牧兼充プロフィール写真
入山章栄
入山
リスクを取って挑戦しやすくなりますよね。
もう一つのアプローチとしては、価格が変えられないのであれば、研究開発コストをどこまで下げられるか、という点です。AIを活用して、創薬や臨床試験のコストを下げられる可能性に挑戦していく事も重要です。
コストが下がれば利益率は上がりますから、結果としてビジネスとして成立しやすくなる。こうした方向も今後は必要になってくると思います。
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スタートアップに人材が流れない日本の構造

たがえみ
たがえみ
牧先生は、科学技術を社会実装する上で、他にどのような課題があるとお考えですか?
先ほどのインセンティブの話とも重なりますが、スタートアップに移って成功するモデルがまだ十分に確立されていない結果、優秀な人材が大企業に留まり、スタートアップに流れていかない構造が一番大きな課題だと思います。
牧兼充プロフィール写真
入山章栄
入山
早稲田のビジネススクールは、商学学術院という商学部における組織の一つですが、牧さんは早稲田の理工学部でも授業をしていますよね。理系の学生に起業してもらう取り組みをされていると思いますが、早稲田の理系の学生で起業に興味を持つ人は増えていますか?
若い世代は確実に増えていると思います。ただ、最終的には就職する人が多いのも事実です。でも、必ずしもファーストキャリアで起業する必要はなく、キャリアのどこかで挑戦するマインドを持ってもらえれば大成功ですし、そういう意味では起業志向の人は確実に増えていると感じています。
牧兼充プロフィール写真
入山章栄
入山
今この分野で突出しているのは、ダントツで東京大学ですね。各務茂夫先生や松尾豊先生、暦本純一先生のように、「お前ら、起業しちゃえよ!」みたいな感じで学生の背中を押すんですよ。

UTEC(東京大学エッジキャピタル)のようなベンチャーキャピタルもあるので、東大には多くのベンチャーが生まれています。それと比べて、早稲田はまだもう少し頑張る必要がありますよね。

そうですね。加えて、医学部の有無も大きいと思います。今、スタートアップが最も生まれている領域はヘルスケアや医療分野で、早稲田にとって一つの課題ですね。
牧兼充プロフィール写真
入山章栄
入山
早稲田には医学部がありませんからね。
逆に言えば、他大学の医学部と連携しやすい強みもあり、私の「Lab to Market」みたいな事業も共同で行う事ができます。もう一つは、科学技術の社会実装という観点で重要だと思っているのが、社会科学の「テック化」です。
牧兼充プロフィール写真
入山章栄
入山
つまり、経営学や経済学といった分野ですね。
特にAIの発展によって、これらの分野も無関係ではいられなくなっています。AIの研究は、エンジニアリングで精度を上げていく側面もありますが、それをどう意思決定に活用するかは、むしろ経営学や社会科学の領域です。

その結果、アメリカではスター・サイエンティストとして、ビジネススクールの教員がスタートアップを立ち上げるケースが増えています。以前は、社外取締役やコンサルティングが主な外部活動でしたが、今は自ら起業するケースが増えていて非常に面白い変化だと思います。

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分野を超える人材がイノベーションを生む

たがえみ
たがえみ
次世代のサイエンティストを生み出すために、これからイノベーションがどのように生まれていくのかについて、お二人の考えをお聞かせください。
入山章栄
入山
一番大事なのは「人が動く事」だと思います。イノベーションは新しい着想から生まれますが、その着想は基本的に「組み合わせ」です。そのためには、スター・サイエンティストがビジネスの世界で起業家と組むように、異なる知見を持つ人が分野や組織を越えて移動する事が重要になります。

アメリカのダイナミズムは人材の流動性で成り立っていて、もちろんデメリットもありますが、メリットの方が大きいわけです。一方、日本は終身雇用の文化もあり、人が長く同じ場所に留まる傾向が強かったので、人材の流動性を高める事がイノベーションを起こすために必要だと思っています。

もう一つは、やはりインセンティブです。成功すればきちんとリターンが得られる、失敗しても過度に損をしない。つまり「失敗のコストが低い事」が非常に重要です。アメリカでは失敗した時のコストが小さいんですよ。日本では失敗すると、お金以上に周りから「あいつは失敗者だ」と思われるんですよね。

これからはいかに失敗するかの方が大事ですから、そのための環境づくりが日本にとって大きな課題だと思います。

人材の流動性とも関係しますが、「ダイバーシティ」も重要です。日本発のスタートアップを見ると、創業者が全員日本人というケースがまだ多いと思います。初期段階から多様なバックグラウンドを持つ人材が関わる事が重要です。

そのためには、日本の大学がマグネットのように世界中から人材を引き寄せられないと、スタートアップの多様性も広がりません。

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入山章栄
入山
本当にその通りですね。世界中から人材を集める事が大事です。
もう一つは、仮説を立てて実際の現場で検証する「フィールド実験」の重要性が高まっていて、アメリカの研究者たちがとても積極的である一方で、日本の企業は比較的遅れている傾向にあります。

最近は、日本の企業がフィールド実験の研究対象としてとても人気で、海外の研究者たちから「日本の企業と共同で実験を行いたい」といった問い合わせも非常に多いです。

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入山章栄
入山
多くの問い合わせが来るのはなぜでしょうか?
日本が観光地として人気で、観光のついでに研究もしたいからでしょうね。日本の企業は、フィールド実験の分野において発展途上なので、実験の余地も大きいです。

東京のような都市では産学連携のマッチングもしやすく、世界的に見ても有利な環境なので、海外研究者を呼び込み、共同で実験を行う取り組みは、日本のイノベーションを大きく前進させる可能性があります。

さらに、スター・サイエンティストが活躍する特徴として「学際性」が挙げられます。単一の専門分野だけでなく、複数の分野を専門として持っていて、それらを組み合わせることができる人が、大きなインパクトを生む傾向にあります。

日本の教育は、一つの専門性を深める事に重きを置きがちで、これからは複数の分野を組み合わせる力を育てる必要があります。

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たがえみ
たがえみ
経営学にも、経済学や社会学、心理学など、さまざまな専門性が組み合わさってますよね。
最近のアメリカのビジネススクールでは、専門性の境界がかなり曖昧になってきていると感じています。たとえば、UC(カリフォルニア大学)では、私たちがイメージするような「純粋な経営学者」は少なく、心理学や経済学など、異なる専門性を持つ研究者が多く集まっています。

さらに興味深いのは、アカウンティング(会計学)の研究者が増えている点です。会計学そのものを研究しているのではなく、経済学の応用として会計学を扱うケースが多く、分野の枠組み自体が大きく変わっています。この10年でその傾向は一気に進み、学際的な研究もやりやすくなってきました。

日本も同じように分野の壁を越えていかないと、新しい領域やイノベーションは生まれにくいのではないかと感じています。

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