植物から石油化学製品を作る―中島清隆教授が描く4つの触媒戦略
中島 清隆

中島 清隆

- Kiyotaka Nakajima -

北海道大学 触媒科学研究所 教授

北海道大学 触媒科学研究所 教授。2001年明治大学理工学部卒業、2003年東京工業大学大学院修士課程修了(堂免一成研究室、修士・理学)、2006年同大学院博士課程修了(辰巳敬研究室、博士・理学)。豊田中央研究所客員研究員、東京工業大学助教を経て、2015年より北海道大学准教授、2022年より教授。専門は固体触媒によるバイオマス変換。オランダ・アイントホーフェン工科大学との国際共同研究を継続的に展開している。

📌 この記事のポイント

  1. 北大・中島清隆が、植物の糖を触媒で直接切断し、石油化学の基幹原料を炭素ロスなしで作る優れた技術を確立した
  2. PETボトル代替素材であるPEFの原料を、先行するベンチャー企業よりも大幅な低コストで合成。
  3. さらに東レ・日揮 HDと連携し、PETの炭素の8割を占めるテレフタル酸を植物から合成するプロジェクトも始動
  4. 4つの触媒技術で石油化学の根幹を植物に置き換える一方、「日本の技術が日本の化学産業にて活用されない」と日本における産業化の構造的課題に警鐘を鳴らす
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北海道大学の中島清隆教授は、植物から石油化学製品の原料を作る触媒技術の研究者だ。PETボトルより酸素を通しにくい次世代素材PEFの原料を、先行する海外のベンチャー企業よりも大幅に低コストで合成する技術を確立した。大手化学メーカーとの長期間の共同研究の成果だ。さらに、植物の糖を化学触媒で直接切断し、石油化学の基幹原料である炭素数4,3,2の化合物を炭素ロスなしで製造する手法を確立。発酵法では微生物がCO₂を排出するため炭素利用率は60-70%程度が天井だが、この化学触媒法はその壁を原理的に超える。カシューナッツ殻からプラスチック原料のフェノールを収率95%超で合成する研究も進む。東レ・日揮ホールディングスと共同で、PETの炭素の8割を占めるテレフタル酸を植物から合成するプロジェクトも始動した。4つの触媒技術で石油化学の根幹を植物に置き換える——中島教授は「植物資源から工業製品を作る」というビジョンのもと、石油に依存しない化学産業の実現に挑んでいる。

ペットボトル。日本だけで年間約230億本が生産される、最も身近なプラスチック容器だ。その原料であるPET樹脂は石油から作られる。 この素材には、あまり知られていない弱点がある。酸素を通すのだ。ペットボトルの中身が時間とともに劣化するのは、容器の壁を酸素分子がゆっくりと通り抜けるからだ。ワインボトルにペットボトルが使われないのも、同じ理由による。 北海道大学の中島清隆教授が研究するPEF(ポリエチレンフラノエート)は、PETに代わる次世代素材だ。酸素の透過率はPETのわずか10分の1。極端な例では、赤ワインなど空気との接触で酸化してしまう液体をPEFの容器に入れて密封すれば、劣化することなく長期間保存できる。しかもPEFの原料は石油ではない。植物だ。 中島教授は4つの触媒技術で、石油化学の根幹を植物に置き換えようとしている。PEF原料の低コスト合成、植物の糖から石油化学の基幹原料を製造する技術、カシューナッツの殻からプラスチック原料を作る技術。さらに2024年度からは東レ・日揮ホールディングスと連携し、PETの炭素の8割を占めるテレフタル酸を植物から合成するプロジェクトも始動した。産業化のフェーズに入りつつある研究は、いま世界が直面するエネルギー・資源問題の解の一つになり得る。しかしその道のりには、日本特有の構造的な課題が立ちはだかっている。

Part 1 : ペットボトルが植物から生まれる日

なぜペットボトルは石油から作られているのか

ペットボトルの原料であるPET樹脂は、テレフタル酸とエチレングリコールという2つの化学物質を結合させて作る。どちらも石油由来の原料から化学的に合成される。安く、大量に、安定して供給できるからだ。これまでは石油以外の選択肢が事実上存在しなかった。
💡 解説:PET / PEFとは PET(ポリエチレンテレフタレート)は、ペットボトルやポリエステル繊維の原料として世界で最も広く使われるプラスチックの一つ。PEF(ポリエチレンフラノエート)はその代替候補で、植物由来の原料(フランジカルボン酸)から合成できる。PETの原料とPEFの原料は化学構造および性質が似ているため、既存の製造設備を大きく変えずに導入できる可能性が極めて高い。
PETとPEFの性能比較(原料・ガスバリア性・カーボンニュートラル対応)
中島教授が研究するPEFは、PETよりも付加価値がある。酸素の透過率はPETの約10分の1。水蒸気も約半分しか通さない。これは植物から製造したPEF独自の特徴的な性質だ。
💡 解説:ガスバリア性とは 容器や包装材が気体(酸素・水蒸気・二酸化炭素など)の透過を遮る性能のこと。数値が高いほど中身の劣化を防ぐ。食品包装・医薬品容器・飲料ボトルでは最も重視される性能指標の一つ。

赤ワインが劣化しない容器

中島教授は、PEFのガスバリア性の高さを身近な例で語った。
「例えば赤ワインをPEFの中に閉じ込めちゃえば、一切劣化しない状態でずっと保存することができる」
ワインが酸化して味が落ちるのは、容器を通じて酸素が入り込むためだ。PEFなら酸素透過がPETの10分の1に抑えられる。ワインの保存にとどまらず、医療用の密封容器など、高いガスバリア性が求められる用途への応用が見込める。

PEFの原料は植物の糖から作る

PEFの原料となるのがFDCA(フランジカルボン酸)だ。
💡 解説:FDCA(フランジカルボン酸)とは PEF樹脂を合成するための原料。PETの原料であるテレフタル酸の代替となる化合物で、植物由来の糖類から触媒反応によって合成できる。石油由来の原料を使わずにプラスチックの原料を作れる点が注目されている。
中島教授がFDCAの合成に取り組み始めたのは、准教授時代に遡る。学生時代から酸の触媒を専門に研究していたが、助教時代に反応の対象をバイオマス由来の糖に変えたところ、非常に優れた性能を発揮する触媒系を見つけた。酸触媒という基盤技術が、糖という新しい素材と出合ったとき、新しい道が開いたのだ。 この成果が大手化学メーカーの目に止まった。共同研究に発展し、国のプロジェクトも2件獲得。10年にわたる支援のもと、研究は工業的に成り立つ水準にまで到達した。

先行企業の3分の1のコスト

PEFの商業化では、海外のベンチャー起業が先行している。同社は商業規模FDCAプラントをヨーロッパに建設し、年間5,000トン規模の生産を開始する計画だ。大手飲料メーカーや化粧品ブランドなど複数社がすでに購入予約契約を結んでおり、年間10万トン以上の生産体制も視野に入っている。 中島教授の技術は、この先行企業に対して明確な優位性を持つ。
「彼らがやっているコスト感の三分の一くらいで作れる」
大手化学メーカーとの試算で、先行企業よりも大幅な低コストでFDCAを製造できるという結果が出ている。長期間の共同研究で触媒の選定と反応プロセスの最適化を繰り返し、工業スケールで経済的に成立する水準に到達した。 性能で勝り、コストでも勝る。しかも原料は石油ではなく、再生可能な植物由来のバイオマスだ。この研究は、いま産業化のフェーズに入りつつある。

Part 2 : 「発酵では届かない」

PEFの原料だけではない。中島教授が見据えるのは、石油化学がいま使っている基幹原料そのものを植物に置き換えることだ。ここで問題になるのが、植物から化学品を作る既存のアプローチ——発酵法の限界である。

発酵の天井とは何か

石油に頼らず、植物から化学品を作る——その発想自体は新しくない。発酵由来のバイオエタノールや乳酸など、微生物の力で植物を化学品に変える技術はすでに実用化されている。 だが中島教授は、発酵法には原理的に超えられない天井があると指摘する。
「酵素は生きている。発酵は極めて優れた反応技術だが、酵素がエネルギーを獲得するために原料の一部をエネルギー源として使ってしまいCO₂を発生させてしまう。だからどれだけ効率が良くても、原料の一部をCO₂としてロスするという現実からは逃れられない」
💡 解説:収率(しゅうりつ)とは 化学反応で理論上得られる最大量に対して、実際に得られた量の割合。100%に近いほど効率がよく、化学メーカーの利益に直結する最重要指標の一つ。
バイオエタノール製造における発酵法の炭素利用率は理論上の最大で66.7%。どれだけ技術が進歩しても、投入した炭素の3分の1は必ず失われる。原料コストの3分の1が無駄になるのと同義だ。スケールが大きくなるほど、この差は利益を直撃する——これが発酵法の構造的な限界だ。

糖を触媒でちぎる

植物から大量に得られる糖は、主にグルコース(炭素数6:C6)とキシロース(炭素数5:C5)の2種類だ。一方、石油化学の基幹原料はエチレン(炭素数2:C2)、プロピレン(炭素数3:C3)、ブタジエン(炭素数4:C4)——いずれも炭素数が小さい。バイオマスからこれらを効率よく作る方法は、これまで存在しなかった。 中島教授が2026年1月に発表した研究は、この最大の壁を打ち破った。 グルコース(C6)を、固体触媒の力でC4とC2に直接切断する。6つの炭素が4つと2つに分かれるだけだから、分子式の上で炭素のロスは原理的にゼロだ。微生物がエネルギーのためにCO₂を吐き出す発酵法とは、根本的に仕組みが異なる。
「日本発の技術を使って新しい産業を起こしませんかというのを、今やっている」
発酵法と触媒法の炭素利用率の比較(66.7%上限 vs 100%)

副反応との闘い

ただし、糖を触媒で狙い通りに切断するのは容易ではなかった。グルコースは多くの官能基(化学反応を起こしやすい部位)を持つ複雑な分子だ。1つの結合を切ろうとすると、別の部位で先に反応が起きてしまう。 中島教授はこの問題を、独自の「触媒的その場アセタール化戦略」で解決した。切りたい結合だけを選択的に切断しながら、切れた断片が再びくっついたり別の反応を起こしたりするのを防ぐ仕組みを、反応の最中にリアルタイムで組み込む。この着想は、PEF原料の合成研究で10年かけて培った副反応制御のノウハウから生まれた。1本目の研究が2本目を支えている。 研究成果は2026年1月、米国化学会の学術誌ACS Catalysisに掲載された。

産業界が動き始めた

中島教授は、この技術の産業化を産学連携で推進している。複数の化学メーカーやエンジニアリング会社が強い興味を示し、出口戦略を明確にしつつ多角的な研究開発を推進する計画が進んでいる。 グルコースとキシロースをフラグメントするだけで、石油化学の基幹原料であるC2・C3・C4の原料が得られる。この単純明快さが、企業を引きつけている。

CO₂ではなくバイオマスが現実解

脱炭素の文脈で注目されるCO₂の再利用について、中島教授は冷静だ。
「石油は酸素を入れましょう、バイオマスは酸素を抜きましょうという話。流れが違うのにみんな安直にモノができると思っていることが大きな間違い」
大気中のCO₂は濃度が極めて低い(400〜500ppm)。集めるだけで莫大なエネルギーがかかる。さらにCO₂には酸素が2つ含まれており、化学品に変換するには大量の水素でそれを引き抜かなければならない。一方、バイオマス(C₆H₁₀O₅)は二酸化炭素のような濃縮が不要。酸素の比率もCO₂の約半分なので、はるかに少ないエネルギーで化学品に転換できる。 CO₂からの化学品合成は理想として美しい。だが、近い将来を想定し、現在の生活スタイルを変えずに石油を代替できる現実解は、大気中の希薄なCO₂ではなくバイオマスにある。それが中島教授の確信だ。

Part 3 : 「日本の技術が活用されない」

カシューナッツの殻が化学品の原料になる

中島教授の3つ目の研究は、意外な素材から始まった。カシューナッツの殻だ。 カシューナッツ殻には「カルダノール」と呼ばれる油分が含まれている。食品加工では廃棄物として扱われる部位だ。中島教授はこのカルダノールから、ゼオライト触媒を使ってフェノールを合成する技術を確立した。
💡 解説:フェノールとは ベンゼン環に水酸基(OH)が結合した有機化合物。ナイロンやエポキシ樹脂など多くのプラスチック・化学製品の原料として幅広く使われ、世界的に需要が大きい。現在はほぼ全量が石油から製造されている。
2025年にChemSusChem誌に発表した論文では、工業的にも使われている流通反応器を用いてフェノール収率95%超、炭素収支99%以上を達成した。廃棄物であるカシューナッツ殻から、ほぼ無駄なく化学品の原料を作り出す。副産物として回収されるオレフィンも有用な化学品であり、文字通り「捨てるところがない」プロセスだ。 この研究も、オランダのアイントホーフェン工科大学との国際共同研究として進められている。アフリカでの現地製造をJICA経由で検討するなど、グローバルな展開も視野に入っている。

なぜ日本の技術が日本で実用化されないのか

PEF原料、糖フラグメンテーション、バイオフェノール——中島教授の触媒技術は、いずれも日本における産業化の入り口に立っている。技術は揃いつつある。しかしここに立ちはだかるのが、日本特有のジレンマだ。
「大企業はニワトリとタマゴの議論。海外から実用化の波が押し寄せたときに初めて立ち上がる」
日本の大手メーカーは、技術の価値を認めながらも動きが遅い。実績がなければ投資しない。投資しなければ実績は生まれない。その堂々巡りの間に、海外企業が先に動く。 中島教授が実際に直面した事例がある。海外の大手企業がシーズ研究に大型の資金を提示してきたのだ。巨額の研究費の見返りとして、外部発表の禁止と特許の全面譲渡を条件にしていた。中島教授はこれを断ったが、関連する周辺技術についてはすでに短期間で戦略的に実用化が進められている。
「日本の技術が全部活用されなくなっていく。海外に出すなと言うなら、じゃあどうしてくれるのかと。もう少し真面目に考えていただかないと」
経済安全保障の観点から海外への技術流出を懸念する声は大きい。しかし日本企業が動かなければ、技術は使われないまま朽ちていく。中島教授は各技術の特許範囲を丁寧に検証しながら、日本で守るべき部分と海外で展開する部分を切り分けて対応している。

補助金の繰り返し

国のプロジェクトにも構造的な課題がある。
「国の予算を使ってパイロットまで作るけど、その先の事業化が進まない。自己資金でパイロットを潰して、また予算をもらうの繰り返し」
補助金でパイロットプラント(実証設備)までは作れる。しかし事業化——つまり実際に製品を売って利益を出す段階に進めない。パイロットを解体して、また別の補助金で新しい研究課題にて実証設備を建てる。その繰り返しでは、技術はいつまでも実証の段階にとどまり続ける。 ヨーロッパでは、民間と国が大型の資金を折半して拠出するマッチングファンド型の支援が定着している。日本における支援体制も、事業化までを見据えた仕組みへの転換が必要だと中島教授は考えている。

Part 4 : ペットボトルの炭素の8割を植物に置き換える

東レが国内テレフタル酸の酸化工程から撤退する

2025年2月、東レがポリエステル原料であるテレフタル酸の国内での酸化合成工程を2026年中に終了すると発表した。石油由来のパラキシレンからテレフタル酸を合成する酸化工程を、日本国内では行わなくなる。今後は海外で製造した原料を調達する形に移行する。 テレフタル酸は、PETの主原料だ。PET樹脂はテレフタル酸(炭素数8)とエチレングリコール(炭素数2)を結合させて作る。つまり、PETに含まれる炭素10個のうち8個——80%がテレフタル酸に由来する。 日本の石油化学産業は、海外からの安価な化学品の流入を受けて工場を集約・縮小し続けている。エチレン、プロピレンといった基幹原料の国内生産能力が縮むなかで、テレフタル酸の撤退もその流れの一つだ。石油を出発点とする化学産業が構造的な転換期に入っている。

糖から作るテレフタル酸—「酸素を抜かない」プロセス

中島教授は、この状況に対して植物からテレフタル酸を合成する新しいルートを提案している。 Part 1で紹介したPEF原料(FDCA)の合成で使われるHMFという中間体。実はこのHMFから、テレフタル酸を作ることもできる。従来のバイオテレフタル酸合成は、HMFからまず酸素を除去し、石油由来のエチレンと反応させてパラキシレンを経由し、最後にもう一度酸素を入れてテレフタル酸にするというプロセスだった。
「酸素を抜いて、最後にまた入れている。本来は抜かなくてもいけるはずなのに」
従来TPA合成ルート(HMF経由パラキシレン・6ステップ)と中島教授の新ルート(HMFダイレクト変換・2ステップ)の比較
バイオマスには酸素が多く含まれ、石油には酸素がほとんど含まれない。これまでの手法をそのまま使えば、わざわざ酸素を除去してから再び加えるという非効率なプロセスになる。中島教授が提案するのは、酸素を除去せず、水素も使わないまま、糖からテレフタル酸に至る新しい合成ルートだ。 この研究は2024年度にNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の先導研究プログラム「糖骨格利用型バイオテレフタル酸合成の研究開発」として採択された。
💡 解説:HMF(ヒドロキシメチルフルフラール)とは 植物由来の糖から触媒反応で得られる化合物。PEFの原料(FDCA)にもなり、テレフタル酸の出発物質にもなる。いわば植物化学と石油化学をつなぐ「ハブ」となる中間体で、中島教授の研究では複数の技術がこのHMFを共有している。

東レ・日揮HD——社会実装に必要な全プレイヤーが揃う

このプロジェクトは3者体制で進められている。 北海道大学の中島教授が触媒反応の基礎研究を担い、東レが実証検討と最終的な商品化を主導する。日揮ホールディングスは、北大と東レで確立した技術をプラントレベルにスケールアップし、社会実装のためのプロセス設計を受け持つ。 東レは繊維事業で世界をリードするPETのヘビーユーザーだ。もしPETの主原料であるテレフタル酸を植物から安く作れるようになれば、東レにとっては既存の繊維化技術をそのまま活かしてバイオPETに移行できる。新しい素材のために新しい加工技術を一から開発する必要がない。
「すでに社会実装が行われたときに必要なステークホルダーが、ちゃんとこの中に含まれている」
基礎研究から実証、プロセス設計、そして最終製品化まで——産業化に必要な役割が最初から揃っていることが、このプロジェクトの強みだ。現在、東レが委託で小規模な試作品の製造を行い、実証が始まっている。NEDOプロジェクトは2026年度に終了予定で、次のフェーズに向けた取り組みもすでに始まっている。

PEFとバイオPET——植物由来プラスチックの2つの道

Part 1で紹介したPEFと、Part 4のバイオPET。植物を原料にした2つの素材は、一見すると競合するようにも思える。だが中島教授の説明は明快だ。
「結局、どちらが安くできるかになると思う。PEFはガスバリア性という特徴があるので、その特徴に即した応用ではPETでは勝てない」
PEFはガスバリア性に優れた新素材だが、生まれたばかりのプラスチックであり、繊維化の技術はまだ成熟していない。一方、PETは完璧に成熟した技術がある。東レのように繊維加工技術で圧倒的な強みを持つ企業にとっては、PEFではなくバイオPETが合理的な選択になる。 そして、この2つの道には共通の「首根っこ」がある。HMFだ。Part 1のPEF原料もPart 4のテレフタル酸も、いずれも糖から合成されるHMFを出発点にしている。中島教授はこのHMFの製造を事業化する構想を進めている。
「このHMFはPEFの原料にもなるし、PETの原料にもなるし、他のポリマーの原料にもなる。潜在的な展開性はめちゃくちゃある」
HMFを起点に複数の化学品へ展開する植物化学ハブ構造
ベンチャーが製造するHMFを東レに供給すれば、バイオテレフタル酸の原料になる。別のルートではPEFの原料にもなる。ひとつの中間体が、複数の産業への入り口になり得る。通常のベンチャー企業よりもはるかに広いビジネスのビジョンを描ける理由が、ここにある。

炭素を世の中に滞留させる

中島教授が目指す「植物資源から工業製品を作る」というビジョンには、もう一つの深い意味がある。 化学品として製品に取り込まれた炭素は、世の中に長く滞留する。服の繊維もペットボトルも、すぐにCO₂にはならない。使い終わった製品はリサイクルされ、さらに長く世の中にとどまる。やがて一部はCO₂に戻るが、その欠損分を石油ではなくバイオマスから補充していけば、世の中に滞留する炭素の総量は変わらない。ネットゼロが成立する。
「炭素を原料にして燃やす燃料を作るというのは、それ自体をやめていく方向にならないと、脱炭素にはならない」
燃料として使えば炭素は一瞬で燃えてCO₂になる。滞留のコンセプトは成り立たない。だからこそ中島教授は化学品——世の中に炭素をとどめておける用途——の方に向かっている。 社会実装には現実的な段階がある。将来的にはバイオマス100%のPETが技術的に成立するが、実装の段階ではコスト計算をしながら、植物由来の炭素の割合を合理的に上げていく。100%を目指しつつ、まずは商品として売れる形を作る。その実直な考え方が、中島教授の研究を産業界に受け入れさせている。

ノーベル賞候補の研究室から、異なる道を切り拓く

中島教授の研究者としてのルーツは、東京工業大学の堂免一成教授の研究室にある。 堂免教授は光触媒による水の分解——太陽光のエネルギーで水を水素と酸素に分ける研究で世界をリードする研究者だ。100平方メートルを超える大規模な光触媒パネルシステムで太陽光水分解を実証し、2024年にはノーベル化学賞の前哨戦とされるクラリベイト引用栄誉賞を受賞した。 中島教授は堂免研究室で修士課程を修了した。だが水分解の研究には進まなかった。
「水分解をやりたくなかったので違う方向に行った」
光触媒ではなく、固体酸触媒。水の分解ではなく、バイオマスの変換。師匠とは全く異なるアプローチで、しかし同じ持続可能なエネルギーと資源という大きな問いに向き合っている。堂免教授がのちに東京大学に移り、基礎研究を社会実装に結びつけようと動く姿を間近で見てきたことは、中島教授の研究姿勢にも影響を与えている。

「名刺代わりの研究成果」と「社会性」

若手研究者に伝えたいことを尋ねると、中島教授の答えは明快だった。
「名刺代わりになる研究成果がなければ、世界では通用しない。いくら小さな分野でも、「この人これやったよね」というのがなければ」
まず研究で突き抜ける。それが土台だ。その上で初めて、次の条件が意味を持つ。
「その段階になって初めて、あとは社会性。社会性がないと海外では通用しない」
研究の力と、人としての力。この2つが揃って初めて、世界で戦える研究者になれる。中島教授自身も、海外留学の経験はないが、毎年海外の共同研究者のもとに滞在し、対話の中で研究を磨いてきた。 AIの活用についても率直だ。
「AIを使うなとは言わない。でもAIを使わないで文章を書く能力が欲しいならAIを使わないで書く訓練をしなくちゃいけない。それは我々の選択」
便利なツールに頼ることと、自力で考え抜く力を鍛えることは別の問題だ。苦労して身につけた能力こそが、長い研究人生の土台になる。

4本の柱が指す先

PEF原料。糖フラグメンテーション。バイオフェノール。そしてバイオテレフタル酸。 中島教授の4つの触媒技術が目指す先は一つだ。石油に依存しない化学産業——その原料を、再生可能な植物に置き換えること。
「植物資源から工業製品を作る。地政学的リスクも全部内包した形で、根本の解決に資する」
国際的なエネルギー供給リスク、特定地域への依存、国際情勢の不安定さ——石油を出発点とする化学産業が抱えるリスクは根深い。植物に出発点を移すことは、単なる環境技術ではない。安全保障を含むあらゆるリスクを、その根本から解くことだと中島教授は語る。 大手化学メーカーとの長年の共同研究で築いた信頼関係。東レ・日揮ホールディングスと進める産業化プロジェクト。4本の研究を並行して進める構想力。アイントホーフェン工科大学との国際共同研究ネットワーク。そのすべてが、積み上げてきた土台の上に成り立っている。 PETの炭素の80%、ペットボトルの素材、繊維の原料、プラスチックの基礎原料——これらすべてを植物に置き換える研究が、一人の研究者の触媒技術から出発している。日本における技術の産業化には、構造的な課題がある。だが中島教授は、技術を持つ者にしか見えない未来を確かに見ている。その未来は、植物から始まる。