中島 清隆
- Kiyotaka Nakajima -
北海道大学 触媒科学研究所 教授
目次
北海道大学の中島清隆教授は、植物から石油化学製品の原料を作る触媒技術の研究者だ。PETボトルより酸素を通しにくい次世代素材PEFの原料を、先行する海外のベンチャー企業よりも大幅に低コストで合成する技術を確立した。大手化学メーカーとの長期間の共同研究の成果だ。さらに、植物の糖を化学触媒で直接切断し、石油化学の基幹原料である炭素数4,3,2の化合物を炭素ロスなしで製造する手法を確立。発酵法では微生物がCO₂を排出するため炭素利用率は60-70%程度が天井だが、この化学触媒法はその壁を原理的に超える。カシューナッツ殻からプラスチック原料のフェノールを収率95%超で合成する研究も進む。東レ・日揮ホールディングスと共同で、PETの炭素の8割を占めるテレフタル酸を植物から合成するプロジェクトも始動した。4つの触媒技術で石油化学の根幹を植物に置き換える——中島教授は「植物資源から工業製品を作る」というビジョンのもと、石油に依存しない化学産業の実現に挑んでいる。
💡 解説:PET / PEFとは PET(ポリエチレンテレフタレート)は、ペットボトルやポリエステル繊維の原料として世界で最も広く使われるプラスチックの一つ。PEF(ポリエチレンフラノエート)はその代替候補で、植物由来の原料(フランジカルボン酸)から合成できる。PETの原料とPEFの原料は化学構造および性質が似ているため、既存の製造設備を大きく変えずに導入できる可能性が極めて高い。

💡 解説:ガスバリア性とは 容器や包装材が気体(酸素・水蒸気・二酸化炭素など)の透過を遮る性能のこと。数値が高いほど中身の劣化を防ぐ。食品包装・医薬品容器・飲料ボトルでは最も重視される性能指標の一つ。
「例えば赤ワインをPEFの中に閉じ込めちゃえば、一切劣化しない状態でずっと保存することができる」ワインが酸化して味が落ちるのは、容器を通じて酸素が入り込むためだ。PEFなら酸素透過がPETの10分の1に抑えられる。ワインの保存にとどまらず、医療用の密封容器など、高いガスバリア性が求められる用途への応用が見込める。
💡 解説:FDCA(フランジカルボン酸)とは PEF樹脂を合成するための原料。PETの原料であるテレフタル酸の代替となる化合物で、植物由来の糖類から触媒反応によって合成できる。石油由来の原料を使わずにプラスチックの原料を作れる点が注目されている。中島教授がFDCAの合成に取り組み始めたのは、准教授時代に遡る。学生時代から酸の触媒を専門に研究していたが、助教時代に反応の対象をバイオマス由来の糖に変えたところ、非常に優れた性能を発揮する触媒系を見つけた。酸触媒という基盤技術が、糖という新しい素材と出合ったとき、新しい道が開いたのだ。 この成果が大手化学メーカーの目に止まった。共同研究に発展し、国のプロジェクトも2件獲得。10年にわたる支援のもと、研究は工業的に成り立つ水準にまで到達した。
「彼らがやっているコスト感の三分の一くらいで作れる」大手化学メーカーとの試算で、先行企業よりも大幅な低コストでFDCAを製造できるという結果が出ている。長期間の共同研究で触媒の選定と反応プロセスの最適化を繰り返し、工業スケールで経済的に成立する水準に到達した。 性能で勝り、コストでも勝る。しかも原料は石油ではなく、再生可能な植物由来のバイオマスだ。この研究は、いま産業化のフェーズに入りつつある。
「酵素は生きている。発酵は極めて優れた反応技術だが、酵素がエネルギーを獲得するために原料の一部をエネルギー源として使ってしまいCO₂を発生させてしまう。だからどれだけ効率が良くても、原料の一部をCO₂としてロスするという現実からは逃れられない」
💡 解説:収率(しゅうりつ)とは 化学反応で理論上得られる最大量に対して、実際に得られた量の割合。100%に近いほど効率がよく、化学メーカーの利益に直結する最重要指標の一つ。バイオエタノール製造における発酵法の炭素利用率は理論上の最大で66.7%。どれだけ技術が進歩しても、投入した炭素の3分の1は必ず失われる。原料コストの3分の1が無駄になるのと同義だ。スケールが大きくなるほど、この差は利益を直撃する——これが発酵法の構造的な限界だ。
「日本発の技術を使って新しい産業を起こしませんかというのを、今やっている」

「石油は酸素を入れましょう、バイオマスは酸素を抜きましょうという話。流れが違うのにみんな安直にモノができると思っていることが大きな間違い」大気中のCO₂は濃度が極めて低い(400〜500ppm)。集めるだけで莫大なエネルギーがかかる。さらにCO₂には酸素が2つ含まれており、化学品に変換するには大量の水素でそれを引き抜かなければならない。一方、バイオマス(C₆H₁₀O₅)は二酸化炭素のような濃縮が不要。酸素の比率もCO₂の約半分なので、はるかに少ないエネルギーで化学品に転換できる。 CO₂からの化学品合成は理想として美しい。だが、近い将来を想定し、現在の生活スタイルを変えずに石油を代替できる現実解は、大気中の希薄なCO₂ではなくバイオマスにある。それが中島教授の確信だ。
💡 解説:フェノールとは ベンゼン環に水酸基(OH)が結合した有機化合物。ナイロンやエポキシ樹脂など多くのプラスチック・化学製品の原料として幅広く使われ、世界的に需要が大きい。現在はほぼ全量が石油から製造されている。2025年にChemSusChem誌に発表した論文では、工業的にも使われている流通反応器を用いてフェノール収率95%超、炭素収支99%以上を達成した。廃棄物であるカシューナッツ殻から、ほぼ無駄なく化学品の原料を作り出す。副産物として回収されるオレフィンも有用な化学品であり、文字通り「捨てるところがない」プロセスだ。 この研究も、オランダのアイントホーフェン工科大学との国際共同研究として進められている。アフリカでの現地製造をJICA経由で検討するなど、グローバルな展開も視野に入っている。
「大企業はニワトリとタマゴの議論。海外から実用化の波が押し寄せたときに初めて立ち上がる」日本の大手メーカーは、技術の価値を認めながらも動きが遅い。実績がなければ投資しない。投資しなければ実績は生まれない。その堂々巡りの間に、海外企業が先に動く。 中島教授が実際に直面した事例がある。海外の大手企業がシーズ研究に大型の資金を提示してきたのだ。巨額の研究費の見返りとして、外部発表の禁止と特許の全面譲渡を条件にしていた。中島教授はこれを断ったが、関連する周辺技術についてはすでに短期間で戦略的に実用化が進められている。
「日本の技術が全部活用されなくなっていく。海外に出すなと言うなら、じゃあどうしてくれるのかと。もう少し真面目に考えていただかないと」経済安全保障の観点から海外への技術流出を懸念する声は大きい。しかし日本企業が動かなければ、技術は使われないまま朽ちていく。中島教授は各技術の特許範囲を丁寧に検証しながら、日本で守るべき部分と海外で展開する部分を切り分けて対応している。
「国の予算を使ってパイロットまで作るけど、その先の事業化が進まない。自己資金でパイロットを潰して、また予算をもらうの繰り返し」補助金でパイロットプラント(実証設備)までは作れる。しかし事業化——つまり実際に製品を売って利益を出す段階に進めない。パイロットを解体して、また別の補助金で新しい研究課題にて実証設備を建てる。その繰り返しでは、技術はいつまでも実証の段階にとどまり続ける。 ヨーロッパでは、民間と国が大型の資金を折半して拠出するマッチングファンド型の支援が定着している。日本における支援体制も、事業化までを見据えた仕組みへの転換が必要だと中島教授は考えている。
「酸素を抜いて、最後にまた入れている。本来は抜かなくてもいけるはずなのに」

💡 解説:HMF(ヒドロキシメチルフルフラール)とは 植物由来の糖から触媒反応で得られる化合物。PEFの原料(FDCA)にもなり、テレフタル酸の出発物質にもなる。いわば植物化学と石油化学をつなぐ「ハブ」となる中間体で、中島教授の研究では複数の技術がこのHMFを共有している。
「すでに社会実装が行われたときに必要なステークホルダーが、ちゃんとこの中に含まれている」基礎研究から実証、プロセス設計、そして最終製品化まで——産業化に必要な役割が最初から揃っていることが、このプロジェクトの強みだ。現在、東レが委託で小規模な試作品の製造を行い、実証が始まっている。NEDOプロジェクトは2026年度に終了予定で、次のフェーズに向けた取り組みもすでに始まっている。
「結局、どちらが安くできるかになると思う。PEFはガスバリア性という特徴があるので、その特徴に即した応用ではPETでは勝てない」PEFはガスバリア性に優れた新素材だが、生まれたばかりのプラスチックであり、繊維化の技術はまだ成熟していない。一方、PETは完璧に成熟した技術がある。東レのように繊維加工技術で圧倒的な強みを持つ企業にとっては、PEFではなくバイオPETが合理的な選択になる。 そして、この2つの道には共通の「首根っこ」がある。HMFだ。Part 1のPEF原料もPart 4のテレフタル酸も、いずれも糖から合成されるHMFを出発点にしている。中島教授はこのHMFの製造を事業化する構想を進めている。
「このHMFはPEFの原料にもなるし、PETの原料にもなるし、他のポリマーの原料にもなる。潜在的な展開性はめちゃくちゃある」

「炭素を原料にして燃やす燃料を作るというのは、それ自体をやめていく方向にならないと、脱炭素にはならない」燃料として使えば炭素は一瞬で燃えてCO₂になる。滞留のコンセプトは成り立たない。だからこそ中島教授は化学品——世の中に炭素をとどめておける用途——の方に向かっている。 社会実装には現実的な段階がある。将来的にはバイオマス100%のPETが技術的に成立するが、実装の段階ではコスト計算をしながら、植物由来の炭素の割合を合理的に上げていく。100%を目指しつつ、まずは商品として売れる形を作る。その実直な考え方が、中島教授の研究を産業界に受け入れさせている。
「水分解をやりたくなかったので違う方向に行った」光触媒ではなく、固体酸触媒。水の分解ではなく、バイオマスの変換。師匠とは全く異なるアプローチで、しかし同じ持続可能なエネルギーと資源という大きな問いに向き合っている。堂免教授がのちに東京大学に移り、基礎研究を社会実装に結びつけようと動く姿を間近で見てきたことは、中島教授の研究姿勢にも影響を与えている。
「名刺代わりになる研究成果がなければ、世界では通用しない。いくら小さな分野でも、「この人これやったよね」というのがなければ」まず研究で突き抜ける。それが土台だ。その上で初めて、次の条件が意味を持つ。
「その段階になって初めて、あとは社会性。社会性がないと海外では通用しない」研究の力と、人としての力。この2つが揃って初めて、世界で戦える研究者になれる。中島教授自身も、海外留学の経験はないが、毎年海外の共同研究者のもとに滞在し、対話の中で研究を磨いてきた。 AIの活用についても率直だ。
「AIを使うなとは言わない。でもAIを使わないで文章を書く能力が欲しいならAIを使わないで書く訓練をしなくちゃいけない。それは我々の選択」便利なツールに頼ることと、自力で考え抜く力を鍛えることは別の問題だ。苦労して身につけた能力こそが、長い研究人生の土台になる。
「植物資源から工業製品を作る。地政学的リスクも全部内包した形で、根本の解決に資する」国際的なエネルギー供給リスク、特定地域への依存、国際情勢の不安定さ——石油を出発点とする化学産業が抱えるリスクは根深い。植物に出発点を移すことは、単なる環境技術ではない。安全保障を含むあらゆるリスクを、その根本から解くことだと中島教授は語る。 大手化学メーカーとの長年の共同研究で築いた信頼関係。東レ・日揮ホールディングスと進める産業化プロジェクト。4本の研究を並行して進める構想力。アイントホーフェン工科大学との国際共同研究ネットワーク。そのすべてが、積み上げてきた土台の上に成り立っている。 PETの炭素の80%、ペットボトルの素材、繊維の原料、プラスチックの基礎原料——これらすべてを植物に置き換える研究が、一人の研究者の触媒技術から出発している。日本における技術の産業化には、構造的な課題がある。だが中島教授は、技術を持つ者にしか見えない未来を確かに見ている。その未来は、植物から始まる。