2026.06.10

未来を創るスター・サイエンティスト アカデミック記事

iPS臨床研究の第一人者はなぜ治験を拒んだのか — 髙橋政代が語る、“現場のリアル”と“医療ビジネス”の現在地

iPS臨床研究の第一人者はなぜ治験を拒んだのか  — 髙橋政代が語る、“現場のリアル”と“医療ビジネス”の現在地
髙橋 政代

髙橋 政代

- たかはし まさよ -

株式会社ビジョンケア 代表取締役社長/立命館大学総合科学技術研究機構 教授

1961年生まれ。京都大学医学部卒業。ソーク生物学研究所研究員、理化学研究所プロジェクトリーダーを経て、2014年にチームが世界初のiPS細胞由来網膜色素上皮細胞移植を実施。2019年より現職。

世界で初めてiPS細胞を用いた網膜移植手術を成功させ、日本の再生医療を牽引してきた髙橋政代氏。彼女は今、理化学研究所(理研)のプロジェクトリーダーという立場を離れ、自ら設立したスタートアップ「ビジョンケア」のCEOとして、新たな戦いに挑んでいる。

その戦いの相手は、難病だけではない。日本の硬直化した「医療ビジネスの常識」そのものだ。「10年・100億円かかる治験はある場合は無駄」「既存の規制の論理では手術は作れない」。彼女の口から飛び出す言葉は、業界のタブーを恐れないものばかりだ。

今回、INNOVATIA編集部が髙橋氏への取材インタビューを敢行。ビジネスとサイエンスの狭間で何が起きているのか、その深層に迫った。

第1章:なぜ私は早期「治験」リスクを重大視するのか? ── iPS細胞治療の真実

専門家には「1例」で分かる。規制のルールでは「100億」かかる

「iPS細胞による治療」と聞けば、多くの人は未来の医療を想像するだろう。しかし、その実用化には「規制」との戦いが必要不可欠だった。インタビュー冒頭、髙橋氏は、現在の常識である「治験(臨床試験)」制度への違和感を口にした。

「細胞治療について、はっきり言えば、手術治療開発を今の薬の治験の枠組みに合わせるなんて『もったいなすぎる』んです。最初の1例目の手術(2014年、加齢黄斑変性の患者へのiPS細胞移植)を行った時、世界中は『iPSなんて危険だ、がん化するんじゃないか』と思っていました。だから私たちは、科学的に『最高の治療デザイン』を作って、安全で効果があることを世界に見せたんです。たった1例でしたが、その目的は果たしました。」

💡【解説:加齢黄斑変性とは——世界2億人が罹患する「見えなくなる病気」】

加齢黄斑変性は、網膜の中心部にある「黄斑」が加齢により障害を受け、視力が低下する病気だ。黄斑は直径わずか1.5〜2mmだが、文字を読んだり、人の顔を認識したりする際に不可欠な部位。ここが損傷すると、視野の中心——まさに「見たいもの」——が見えなくなる。

患者数は世界で約2億人。欧米では成人の失明原因第1位を占める。日本でも推定70万人以上が罹患しており、50歳以上の約80人に1人の割合で発症する。60歳以上に限れば視覚障害の原因の第1位だ。高齢化の進行に伴い、患者数は増加の一途をたどっている。

「私たち専門家の中では、『この細胞は効くね』というのは、その1例を見れば分かるんです。治療しなければあり得ない効果が出ていますから。眼科ではミクロン単位で患者の網膜組織を見ているが、組織学的に見れば、細胞が定着して、その部分だけ視細胞をレスキューしていることは一目瞭然なんです。ですので細胞が正常に機能することは明らかで、どのくらいの効果が得られるかは患者の選び方と手術の仕方によります。

だけど、規制当局や製薬業界の常識は違います。『たった1例で何を言うんだ』と。『効果を証明したければ、10年かけて、100億円投じて、治験をやれ』と言うことになる。専門家にとっては細胞自体は機能して効くことは分かっているのに、その証明だけのために巨額の資金と時間を費やす。そんなの、もったいなさすぎませんか? その間に専門家と共に臨床研究で治療や手術を少しでも良いものにしておきたい。その方が治験のリスクも時間も圧倒的に軽減できる。」

髙橋氏が指摘するのは、医療現場とレギュレーションの乖離だ。特に、再生医療という全く新しい分野、しかも治療薬のない眼科網膜領域において、既存の物差しを当てはめることの弊害を彼女は痛感していた。

「薬」と「手術」は根本的に違う

なぜ、これほどのギャップが生まれるのか。髙橋氏は、その原因が「医薬品(薬)」と「医療(手術)」の決定的な違いにあると分析する。現在の治験制度は、あくまで「薬」を開発するために作られたシステムだからだ。「日本のPMDAは世界の中で最も細胞について理解している規制当局です。薬機法になる前でしたが、PMDAに相談したところRPE懸濁液は薬、RPEシートは医療機器と言われて、びっくりするぐらいでした。世界ではまだこの理解はない」。

「薬と手術の違いをグラフにすると一目瞭然なんです。『薬』というのは西洋的な合理主義の塊です。成分が決まっていて、ロジカルにコントロールできる化学物質。だから、効き目は決まっており、一度方法を決めたら変えずに、統計的なデータを取る『治験』が向いています。

でも、私たちのやっている細胞治療や手術は違います。細胞は患部の状況によって変化し効き目も変わるし術者によっても違う、手技もどんどん進化していく。私はよく『東洋的な曖昧さを残した、漢方薬みたいなものだ』と言っているんです。患者さんの状態や、医師の腕によって結果が変わる。

薬の治験というのはもともと化学物質を用いた内科系の治療のためのルール。ところが細胞治療は細胞生物学に基づきしかも外科系の手術なんですよ。我々のやっていることは全然ルールが違うはずなのに、無理やり『薬』のルールを当てはめようとする人が多い。」

髙橋氏は、具体的に自身のプロジェクトでこれまで行ってきた治療法改良の重要性を挙げた。もし彼女が最初からガチガチの治験ルールに従っていたら、現在の成果はなかったという。

「最初は細胞を『シート状』にして移植しました。過去にも行われていた網膜下手術でした。でも、1例目の経験から抗VEGF剤治療が広まった現在では過去と異なり『癒着などにより目や網膜を大きく切開する手術リスクが高くなっている』ということが分かった。

そこで、次は『サスペンション(懸濁液)』にして小さな穴から網膜下に注射で入れようとしました。これなら手術リスクは減る。猿を使った実験ではうまく定着しシートになりました。

ところが、実際の患者さんでは、細胞が飛び散ってしまって完全にコントロールできない。『ああ、お猿さんのモデルと患者さんは全然違うな』と。

そこですぐに改良して、今度は細胞を『紐(ひも)状』に固めて、小さな穴から注入する方法に変えました。そうすると、紐状の塊は置きたいところに移植できて、しかも紐が目の中で自然に広がって機能するシート状になる。これで手術のリスクも、(視機能の維持)効果の確実性も劇的に改善しました。

これがもし『治験』だったらどうなっていたか。治験は『最初に決めた製品・製法』を変えることが大変です。途中で『紐の方がいい』と分かっても、製法を変えたら『イチからやり直し』です。また10億円、100億円がかかる。だから初めての臨床試験が治験だと、未完成なまま治験に突入し、『効きませんでした』となっておしゃかになっていくリスクが高い。あるいは承認を受けても標準治療になる前に発売中止になる例が出ています。」

現在治験がうまくいっているプロジェクトは、すでにiPS細胞以外の細胞で20年ほど臨床研究で治療を完成させてきたものだという。

「現場を知らない」開発の限界

「現場の臨床から見えることが、製薬企業の開発室からは見えないこともあります」と髙橋氏は注意喚起する。治験だけを考えると一般社会でのゴールはあくまで「承認を取ること」。一方、髙橋氏ら臨床医のゴールは「目の前の患者を治し、標準治療として普及させること」。このゴールのズレが、開発のリスクを増す。

「治験ありきの人たちには伝わらないんです。規制は製品の承認のためのものであって、海外の結果を見ても、治験で細胞は安全で効果がありますと発表されているけど、重篤な手術合併症が頻発という例もあります。製品を承認するのであって『手術のやりやすさ』は審査されませんから。

大きな手術合併症のリスクが残ったままでも、統計学的に効果があれば承認される。でも、手術の場合、そのまま広がってしまうと危険だし、眼の前の患者に重篤な合併症の可能性があればそんなリスクのある手術を現場のドクターはやりたがらない。承認されたって使われなかったら意味がない。これは人工網膜のFDA承認後に実際起こったことで、いわゆる『ダーウィンの海』に沈むだけです。通常、薬でも承認後に10年ぐらいかけて専門家が患者選択や投与法を工夫して標準治療にする。手術の場合はなおさら、倫理的にも治験の前に手術改善をしておくべきではないか。手術はもともと治験を経ずに開発されています。最初からまず治験をしろと言われたら、今ある手術のほとんどは存在せず患者さんを救うことはできていません。治験ありきというのは手術からみると少し違うと感じます。

製薬業界ではこの考え方は受け入れられないけど、自分の作ってきた治療が失敗に終わるリスクは看過できない。結局、自分で会社(ビジョンケア)を作って、社長をやるしかなかった。今は神戸アイセンターの臨床チームや眼科の中でも網膜疾患の専門家たちが『これで最高だよね』『これなら自信を持って患者さんに勧められるよね』というところまで製品と手術法を磨き上げました。ここで初めて、私たちは治験に入るんです。特に眼科領域の場合、過去にも製品はよくても手術の重篤な合併症で治験が止まってしまうものがいくつも出ています。手術法や患者選択まで完成しておかないと治験に入って『効かない』という結論になってしまったり長期の治験になってしまう。あるいは承認されても手術合併症が多く広まらない。私たちはそんな大きな早期治験リスクは取れないと考え、通常は承認後に行われる専門家『たち』の検討と治験の順序を逆にしています」

民間保険という「眠った財源」を使え

髙橋氏が治験を急がない理由は、治療の完成度だけではない。日本の医療財政を巡る深刻な問題への対処法を持っているからだ。それは、「先進医療」制度の活用である。

「日本の公的保険制度はもう破綻しかけています。そこに、数千万円もするような新しい細胞治療をどんどん保険適用していったらどうなりますか? 無理に決まっています。かなり以前から、医療費を下げるため無駄を省こうとか言っても具体論では反対が出てなかなかできない。病院が赤字だから診療報酬を上げようと。だけど薬価は下げようとか。どうやってもどこかに破綻が来たり弱者切り捨てになる。もうパイを増やさないと無理なんですよ。それをみんな見ようとしない」

そこで髙橋氏が目をつけたのが、「先進医療」と「民間保険」の組み合わせだ。通常、日本の医療では保険診療と自由診療を併用する「混合診療」は原則禁止されている。しかし、「先進医療」として認められた技術は例外として保険診療との併用が可能になる。

「先進医療の技術料は全額自己負担ですが、診察や検査、入院料などは保険が適用されます。そして重要なのは、多くの民間生命保険会社が『先進医療特約』を提供していることです。現在、日本には先進医療特約に加入している人が国民の40%ぐらい、数千万人いるとされています。しかし実際に先進医療を受ける人は年間数千人程度。」

つまり、日本には「使えるはずなのに使われていない民間保険マネー」が大量に眠っているのだ。民間保険というとすぐに「米国型の医療になる」と批判が飛ぶが、世界が金持ちのために民間保険を利用しているのに対し、日本は先進医療で少ない負担で互助的な民間保険の活用がすでにできている。

「民間保険というまだ使ってない財源が日本にはある。公的保険が破綻しかけている中で、これを活用しない手はない。私の網膜治療が先進医療として認められれば、患者さんは民間保険を使って自己負担なしで治療を受けられる可能性があります。公的保険財政に負担をかけず、患者さんのアクセスも確保できる。さらにこのしくみが広まれば加入する人も増えてさらに日本の医療を支える両輪となる。

いきなり保険収載を目指すより、先進医療のほうが多くの専門家が先導することで早く適した患者さんに届けられる可能性もあるんです。まず先進医療を通じて実績を作り、それから治験をやって承認を目指す。実は、今まで『治験』で成功しているパーキンソン病治療や角膜上皮治療などは、みんな臨床研究をやって先進医療をやって、という20年ぐらいの歴史があるんです。VCや企業の人はそれを知らないから、いきなり治験して条件付き承認ですぐに承認されると思っている。それは間違いです。

現場から見れば、患者さんの安全のためにと言って現場でほとんど問題とならない製品の過剰な規制を守らせるよりも、手術の合併症リスクを下げることの方がよっぽど『安全対策』です。私はPMDAとも10年来の付き合いで議論していますが、彼らも本音では『最初から治験したらダメですね』と分かっている。なので安全性確保法も作った。分かっているのに変わらないシステムを変えるために、私はあえて『治療が完成していない場合、最初から治験をしないという道もある』というメッセージを発信し続けているんです」

髙橋氏は、あえて「治験をしない」のではなく、日本独自の制度をハックしうまく活用することで、持続可能な医療開発モデルと医療制度を構築しようとしているのだ。

第2章:「フェーズなんぼですか?」の壁── 8億調達からの“修羅場”

8億円は「楽勝」で集まった。しかし……

2019年、髙橋は理化学研究所を退職し、ビジョンケアの社長に就任した。創業時の資金調達は拍子抜けするほど順調だった。

「最初は、共同研究をしていた企業20社超のうち、4社に声をかけました。『出資してもらえませんか』と。そうしたら、全員即座にOKしてくれて、3ヶ月で8億円が集まりました。『なんや、資金調達って楽勝やん』って思ったんです(笑)。

でも、それは大きな間違いでした。今、めちゃくちゃ苦しんでいます。私たちの事業の進捗としてはもう最高にうまくいってるんですね。技術的なブレイクスルーもあって、臨床研究も進んでいる。でも、その『順調さ』と、投資家たちの『理解』の間に、巨大なギャップがあることに気づいたんです」

バイオVCは「レギュレーションフォロワー」

髙橋氏が直面した壁。それは、日本のバイオ系VCが持つ評価基準にあった。バイオ専門のVCに行くと、必ず同じ質問をされる。

「治験のフェーズなんぼですか?」

治験リスク軽減のため最初から治験ではなくまず先進医療を準備している、アジアの先生方に実際に治療を広める契約をしている、学会も巻き込んでガイドラインやインバウンドの準備も着々と進行している(つまり他の治療に比べてもステージが進んでいる)と言っても、治験をしていないのではプレクリニカル(前臨床)段階ですねと言われ、それ以上話が進まない。

「プレクリニカルでは出せません、と言われる。フェーズ1に入ったら考えます、と。でも私たちは意図的に治験に入っていないんです。それを説明しても、彼らの方程式に当てはまらないから却下される」

現場の担当者は興味を示す。「こんなに進んでる再生医療の会社見たことない」と言ってくれる人もいた。しかし投資委員会に上げると通らない。

シリコンバレーのTop TierのバイオVCにも食い込んだ。「医療界のUberになりたい」「規制を変えたい」その志には食いついてくれた。「そのために病院まで作ったの?面白いね」と。半年以上にわたるデューデリジェンス。あと一歩というところまでいった案件が2件あった。

「でも『もうちょっとレイトステージに入るよ』と言われて。ちょうどバイオ逆風の時期で。まだ繋がってますけども」

シリコンバレーの非バイオ系のVCからはこう言われた。

「面白いね。でも『僕たちはバイオはやらない。レギュレーションフォロワーだから』と。つまり、規制に従って動くしかない業界だから、自分たちの投資哲学と合わない、と」

その言葉は髙橋に重要な気づきを与えた。

「レギュレーションフォロワーしかバイオではお金が来ない。バイオ以外のVCは我々に投資しないし、バイオVCは定型の治験じゃないと認めない。でも、それでは最終的な成功は得られない。『治療を作ることで大成功を目指すのではなく短期の上場による利益が目的。特に日本はそれがひどい』これは海外VCで働く日本人が言っていた言葉です」

資金ショートの危機と、大学の救済

髙橋が直面した壁は、日本のバイオベンチャー投資全体に通じる問題を示している。日本のバイオVCの多くは、製薬企業出身者が運営している。彼らは「治験フェーズ」という共通言語で会話する。フェーズ1、2、3という段階は、リスクと期待リターンを計算するための指標として機能してきた。

しかしこの枠組みは、従来型の低分子医薬品を前提として構築されたものだ。再生医療や遺伝子治療のような新しいモダリティは、同じ枠組みでは評価できない。

さらに日本特有の問題もある。米国では、大学発ベンチャーへの投資は「ハイリスク・ハイリターン」として受け入れられている。10社投資して9社失敗しても、1社が大成功すれば全体としてリターンが出る。

日本のVCはよりリスク回避的な傾向がある。LP(出資者)からの圧力もあり、「確実に成功しそうな案件」を求める。結果として、破壊的イノベーションを起こしうるベンチャーへの資金供給が細くなる。

資金調達が難航する中、髙橋に救いの手を差し伸べたのは、現在フェローを務める立命館大学のインパクトファンドと再生医療をよく知る企業だった。

「去年の秋ぐらいですかね、本当に資金が尽きかけたんです。その時、立命館大学※のインパクトファンドがこのような社会を変えようという会社に投資したかったと言ってくれたのはとても勇気づけられました。またいくつかの事業会社のブリッジとデットファイナンスでしのぎました。さらに『黒字になるまであと5年分ぐらいは面倒見るから』と言ってくれる会社も出てきて。それで今、やっと一息ついていますが、これも最低限の資金です。資金調達に終わりはないんだと、今頃気づきました」

※立命館ソーシャルインパクトファンド投資事業有限責任組合による投資

「知財」が塩漬けになる日本アカデミアの課題

資金だけでなく、「知財(特許)」の問題も髙橋氏を悩ませた。理研時代のラボで生まれた特許が、とある企業に、契約の不備によって不本意な扱いにされてしまった経験があるという。

「理研時代に残念な目に遭いました。企業と共同出願した特許がたくさんあったんですが、契約が緩すぎて、相手企業が開発をできない状態なのに、特許権だけはずっと持たれてしまったんです。これでは治療にならないと思ったので、契約に明記してあった5年経って『返してください』と言っても、協議もしてくれないし、努力してますだけで応じてくれない。我々の研究も制限される。これは今は改善されていると思いますが、日本の大学発ベンチャーのあちこちで起きていた悲劇です。工学系ではもっとひどくて企業がとりあえず唾をつけて、わざと塩漬けにされることもあると聞きます」

髙橋氏は「裁定制度」の利用に踏み切った。

「『あなたたちができないなら、公共の利益のために無理やりにでも使わせてもらう』という宣言です。結果的に、一部権利を取り返すことができ、アカデミアの知財契約のあり方に議論を巻き起こすことができた。内閣府から通達が出て『公益の裁定』の制度も整備されました」

💡【解説:裁定制度とは】

特許法には、正当な理由なく特許が発明の実施(利用)がされていない場合、第三者がその特許の実施許諾を特許庁長官に求められる「裁定制度」がある。いわゆる「特許の強制使用」を認める制度だが、日本では実際に適用された例は極めて少なく、特に「公益の裁定」は一度も使われてこなかった。髙橋氏のケースは、再生医療分野でこの裁定制度が活用・申請された稀有な事例として知られる。

この経験を通じて、髙橋氏は日本の大学の知財部門の問題を痛感した。

「日本の大学の知財収入は、アメリカの100分の1なんですね。じゃあ研究レベルが100分の1かというと、そんなこと絶対ない。アカデミアの知財が生かされてないんです。日本の研究者の問題もあります。本当に基礎の部分ではなく稼げるところでも稼がず、お金がどこからか湧いてくると思ってる。ライフサイクル——科学のサイクルを回してちゃんと知財を取って、それが利益となって大学に帰ってくる、そして次の研究資金になる。そういう循環が見えてなかったんですね。最近は若い人を中心にこれも変わってきましたが、まだ見ようとしないところがある。」

第3章:「賢いギバーになれ」── 髙橋流・組織論と「4次元企業」への飛躍

利益相反はある方がいい

研究者が起業する際、必ず問題になるのが「利益相反(COI:Conflict of Interest)」だ。アカデミアの公平性と、ビジネスの利益追求が衝突するこの問題を、多くの大学や研究機関はタブー視し、厳しく制限しようとする。しかし、髙橋氏はここでも常識を覆す。「利益相反はある方がいい」と言い切るのだ。

「日本ではCOIがあると『怪しい』『癒着だ』と叩かれますが、私は逆だと思っています。利益相反があるということは、『アカデミアの論理』と『ビジネスの論理』の両方を知っているということです。アカデミアから見れば企業は『金儲け主義で自分勝手』に見えるし、企業から見ればアカデミアは『世間知らずでわがまま』に見える。両者の言葉は通じません。だからこそ、その真ん中に立って、両方の利益を釣り合わせる『通訳』が必要なんです。それができるのは、COIのど真ん中にいる人間だけです」

「私の声を毎晩録音していた」── 異能のCOOとの出会い

この「通訳」の重要性を象徴するのが、ビジョンケアのCOO、奥田圭太氏とのエピソードだ。神戸アイセンター設立の際、髙橋氏は理研、神戸市、公益法人、企業といった多様なステークホルダー間の調整に苦労していた。利害が絡み合い、最初の会議は「グダグダ」だったという。

「横で見てて『これあかんな』と思った、と言って、奥田さんが調整役を買って出てくれたんです。彼は大企業のプロジェクト再建なども手がけるプロですが、医療は専門外。でも彼はすぐに会得しましたが、その手法は独特でした。『私が言ってることを録音して、毎晩聞いてたんです』って。2~3年経ってから教えてもらったんですけど、びっくりしましたね」

専門外の人間が、相手の言語(思考回路)を完全に理解するまで学ぶ。その徹底した姿勢が、異なる組織間の「翻訳者」としての信頼を生んだ。

「奥田さんが私の考えと同じようなことを言って行動してくれるから、『考え方一緒やね』ってある時言ったら、『何言ってるんですか? 合わしてるんですよ』って(笑)。最高の相棒ですね。彼や、彼に惹かれて集まった福田さん(ビジョンケアCFO・福田卓真氏)のような『異分野のプロ』たちが、私の直感をビジネスの形にしてくれるんです。」

交渉の極意は「6対4」

髙橋氏は、自身を成功に導いた行動原理として「賢いギバー(Giver)」という言葉を挙げる。アダム・グラントの名著『GIVE & TAKE』にあるように、他者に与える人間が最終的に最も成功するという考え方だ。ただし、単なる「お人好し」では搾取されて終わる。

「ステークホルダーを巻き込む時、常に相手の『ハッピーポイント』がどこかを考えています。コツは、利益を50対50で分けようとしないこと。自分では公平だと思っていても、相手からは『そっちが6取っている』ように見えてしまうものです。だから、あえて『6対4』で、相手のほしい部分の6をオファーするんです。先に相手を勝たせる。『どうぞ、いいところを持って行ってください』と。」

ビジネスの世界では、自社の取り分を最大化することが正解とされる。しかし髙橋は逆のアプローチを取る。

「そしたら『いやいや、そんなにいいですよ』って言って譲ってくれるんです。結果的に、お互いにとって良い関係ができる。日本でしか通用しないかもしれませんけど(笑)」

彼女は前述の著書を読んで自信を得たという。

「ギバーの方が絶対得。映画『風と共に去りぬ』にこういう場面があるんです。『清らかな人に対してはみんなが清らかになっていく』。私はこれを信じてる。もちろん悪意の人には注意しますが、いかに自分の心を綺麗にするかっていうのは、常にすごく意識してる」

京大病院時代は「そんないい人ぶってたら生き残られへんよ」と先輩から注意されたこともある。

「そんなことない、絶対これが正解やと思ってて。結構生き残ってる方やと思いますけどね」

マーケットは「患者数」ではない。「術者」だ

再生医療のビジネスモデルを考えるとき、多くの人は患者数からマーケットサイズを計算する。加齢黄斑変性の患者は世界で約2億人。巨大な市場に見える。しかし髙橋は、まったく違う視点でマーケットを定義する。

「手術型再生医療のマーケティングの肝は、患者数ではなく『サージョン(術者)』です。普通、マーケットはいくらですかって言ったら、加齢黄斑変性は世界に2億人いますって言うんですよね。だけど真のマーケットはサージョン。手術できる、そして手術する気になる医師の数と、手術室のキャパシティ。いくらいい細胞ができても、それを移植できる高い技術を持ち、患者選択を正確にできる医師がいなければ、治療は普及しません。再生医療の手術マーケットなんて、今はまだ存在しないんです。承認されてから『さあ売りましょう』と言っても、扱える医師がいなければ売れません。」

だから髙橋の戦略は、「ドクターを育てる」ことに焦点を当てる。

「私たちは、最終的に治験で承認を待つ間に、先にアジア中のトップドクターを集めて研究会を開いているんです。『この国で一番になりたい』という野心のある医師たちに、私たちの技術と細胞を提供する。『規制対応はその国のルールに合わせて自分たちでやってね。私たちは最高の細胞治療とノウハウを売るから』と。そうやって火をつけると、彼らが市場を切り開いてくれます」

シンガポールなどアジアのハブとなる国で、現地の「スター医師」を味方につける。彼らがエバンジェリストとなり、その国の標準治療を作っていく。これが、臨床医出身の髙橋氏だからこそ描ける「現場起点のグローバル戦略」だ。

髙橋5.0 ──「4次元」の企業へ

髙橋氏は自身の会社が目指す未来像を、独特の表現で語った。

「これまでの製薬は、『モノ(薬)』を作る2次元の会社でした。私たちは、手術手技やリハビリまで含めた『医療』全体を作る3次元の会社です。そして今は、社会システムそのものを変革する4次元の会社を目指しています」

そのための武器が「AI」と「民間保険」だ。これまでの画一的な治験ではなく、AIが個々の患者のデータを分析し、「この人にはこの治療が最適だ」と判断する時代が来る。そのために、独自の患者レジストリ(データベース)を構築しようとしている。また、公的保険に頼りきりの医療から、民間保険を活用した保険外診療の併用も提唱する。

「研究者が事業に振り切るには、一度『ゼロになる』勇気が必要です。私は今『髙橋5.0』だと言っていますが、一番怖かったのは京大の准教授から理研に移った時でした。一流の基礎研究所で通用するとは思わなかった」

京大眼科では准教授のポジションにあり、そのまま進めば教授になれるかもしれない状況だった。しかし彼女は、臨床医の枠内では治療を作れないと感じていた。

「治療を作るためにはここにいてはダメだな、眼科の枠の中ではできないなと思って。理研に3人で、都落ちみたいに行ったと」

京大の眼科という臨床の世界から、理研の基礎研究の世界へ。共通言語も評価基準も違う。しかし彼女はここでも成果を出し、2014年の世界初移植へとつなげていく。

「せっかくいいポジションを、それを捨てるっていう。でもあの転身でゼロからでもなんとかなったっていうことが、やっぱりすごい自信になった。その経験があるから、今は何も怖くありません」

エピローグ:走り続ける

インタビューの最後、髙橋氏は自身のラボの文化について、こう教えてくれた。ある時彼女の秘書が新しく入ってきたアシスタントにこう教えるのを聞いたという。

「ここのラボはね、みんな走ってるの。とにかく常に走ってついていくのよ」

理論があって、完璧な計画があって、それから動くのではない。まず動いて、走りながら考える。それが髙橋政代のスタイルだ。

「細胞治療も会社経営も、いつも直感で走って、自分でも後から『なぜそうしたか』が分かってくるんです。やってる最中は分からないから、周りのみんなは大変(笑)。何でこうするのか分からないままに、私の背中を見て必死に走っている。でも奥田さんや福田さんのようにそれを理解してサポートしてくれる人がいるからできるんです」

現在64歳。普通なら定年やリタイアを意識する年齢かもしれない。しかし彼女は「今年は世代交代の準備元年」と語りながらも、その目は全く枯れていない。

「あと5年。5年あれば、医療の形を変える門を開けられる」

世界初のiPS細胞移植から約10年。彼女は常識を覆し、不可能と言われた治療を実現した。次の10年で、彼女は何を変えるのか。その答えは、まだ誰にも分からない。髙橋自身にも、おそらく分かっていないだろう。ただ一つ確かなのは、彼女がこれからも先頭に立ち、走り続けるということだ。

(取材・文:INNOVATIA編集部)