2025.12.25

異世界対談

【前編】日本のマイクロ・ナノテクノロジーは世界を揺るがすのか?

【前編】日本のマイクロ・ナノテクノロジーは世界を揺るがすのか?

由紀ホールディングス代表取締役社長・大坪正人さんとFiberCraze株式会社代表取締役社長・長曽我部竣也さんを迎え、「日本のマイクロ・ナノテクノロジーは世界を揺るがすのか」をテーマにディスカッション。
公衆電話の部品やネジを作っていた町工場から宇宙事業へとシフトし、売上のV字回復を達成した大坪さんと、「10億分の1メートル」という大きさの穴を作る技術を事業に活かす長曽我部さんに、経営学者・入山章栄さんが迫ります。

大坪 正人

大坪 正人

由紀ホールディングス 代表取締役社長

東京大学大学院修了後、3次元プリンターサービスの「インクス」、現在の「ソライズ」に入社。高速金型部門で開発を担当し、世界最高速で金型を作る工場を設立。その後、大坪さんの祖父が創業した由紀精密に入社し、常務取締役を経て代表取締役社長に就任。経営危機に陥っていた由紀精密(ゆきせいみつ)を、電気電子業界から航空宇宙業界や医療関連業界に転換し、V字回復を実現。現在は、由紀ホールディングスを設立し、代表取締役社長に就任。
長曽我部 竣也

長曽我部 竣也

FiberCraze株式会社 代表取締役社長

「繊維のまち」愛知県一宮市でお生まれになった長宗我部さん。岐阜大学4年のときに、武野明義(たけのあきよし)教授の研究室に入り、意気投合。繊維やフィルムに穴をあける多孔化(たこうか)の技術を用いた、高機能性素材を開発する「FiberCraze」を起業。その後、数々のビジネスコンテストで入賞を果たし、2023年には、「世界を変える30歳未満」の30人として「Forbes 30 Under 30」に選ばれている。
入山 章栄

入山 章栄

浜松町Innovation Culture Cafe マスター
経営学者

慶應義塾大学経済学部卒業、三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。
2019年より早稲田大学ビジネススクール教授。
テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』のコメンテーターを務めるなど、TV出演も多数。

町工場から宇宙へ V字回復を実現した由紀ホールディングスの現在地

入山章栄
入山
ものづくりの力を活かしながら、新しいことをどんどんと進めていて本当に今注目の経営者の1人である大坪さんですが、改めて、現在は由紀ホールディングスでどのようなことをやられているか教えていただけますか。
もともとは祖父が創業した金属加工の会社で、公衆電話の部品やネジを作っていました。ただ、昨今では公衆電話は減る一方ですよね。そこで「金属加工の技術を突き詰めたらどこまで行けるか」と考え、航空宇宙や医療機器といった付加価値の高い分野へシフトしました。オーナー企業なので「最初の数年は赤字でもやるぞ」と10年計画を立てて改革を進めた結果、今では売り上げの半分が宇宙事業になっています。
大坪
入山章栄
入山
すごいですよね。ホリエモンこと堀江貴文さんと面白いコラボもされていますよね?
はい。堀江さんがやられている「WAGYUMAFIA(ワギュウマフィア)」というお店向けに、オリジナルのジンギスカン鍋を作りました。
「宇宙っぽいスペシャルな鍋を作ってくれ」と頼まれまして。見た目だけじゃなく、製造も熱解析を行って、表面に特殊な処理を施した「由紀精密仕様」のジンギスカン鍋です。
大坪
入山章栄
入山
技術力がすごいのに、そういった面白い取り組みもされているのが大坪さんの魅力ですね。

10億分の1メートルって?「マイクロ・ナノテクノロジー」はなぜすごい?

入山章栄
入山
長曽我部さんが創業されたFiberCrazeは、具体的にどういう技術をお持ちなんですか?
社名の通り、皆さんが着ているような繊維に特殊な技術で「ナノレベルの穴」を開けることに特化した素材開発を行っています。
具体的な大きさとしては、10億分の1メートルが1ナノメートルなんですが、我々は20〜30ナノメートルという大きさの穴を制御して作っています。わかりやすく言うと、髪の毛の太さの数千分の1くらいのサイズです。
長曾我部
入山章栄
入山
小さすぎて想像できない……。その技術を使って起業されたきっかけは?
「目に見えない世界を操ることで、目に見えている世界を変えられるんじゃないか」と可能性を感じたからです。 最初にフォーカスしたのが「防虫」です。微細な穴の中に、防虫、消臭、保湿、冷感などの機能性成分を閉じ込めることができます。
世界ではマラリアやデング熱などの蚊による感染症で、毎年70万人近くが亡くなっています。ビル・ゲイツのブログで「世界で最も人間を殺している生き物は蚊だ」という記事を見て衝撃を受け、この技術で解決できるのではないかと考えました。
長曽我部 竣也の写真
長曾我部
入山章栄
入山
なるほど。僕もアメリカにいた時、軍から資金をもらって蚊の研究をしている人がいました。兵士にとっても深刻な問題なんですよね。
実際、マレーシアやベトナムに行くと、一つの町だけで年間700人が感染症で運ばれるような現状があります。これを我々の素材で解決したいと思い、事業化しました。
長曽我部 竣也の写真
長曾我部

地味で時間がかかる開発は日本人の得意分野?

入山章栄
入山
大坪さん、同じものづくりをする立場から、このナノレベルの話はどう感じますか?
すごいですね。我々金属加工だと「ミクロン(100万分の1メートル)」の世界ですが、ナノはそのさらに1000分の1、原子・分子レベルの話ですから。
大坪 正人の写真
大坪
入山章栄
入山
単位でいうと、ミリの1000分の1がミクロン、ミクロンの1000分の1がナノ、さらにその下がピコ……という順ですね。 長曽我部さん、そのナノレベルの穴って、どうやって開けるんですか? 針で刺すわけじゃないですよね?
物理的に針で刺すのではなく、「延伸」といって、素材を引っ張ることで穴を作ります。 イメージしやすいのは、プラスチックの下敷きをグッと折り曲げると、折れ目が白くなりますよね? あれは細かく見ると亀裂が発生しているんです。その亀裂を制御して、破壊されるギリギリのところで止めることで、均一な穴(空隙)を作っています。
長曽我部 竣也の写真
長曾我部
入山章栄
入山
しかし、「細かいものづくり」となると、やはり日本は強いですよね。半導体もそうですし。
そうですね。素材や材料の分野で、日本が世界トップシェアを持っているものは実は多いんです。不純物を極限まで取り除くとか、地味で時間のかかる開発をやり続けるのが日本人は得意なんだと思います。
大坪 正人の写真
大坪
例えば炭素繊維(カーボンファイバー)も長年投資し続けてきたおかげで、世界のシェアの多くを日本企業が握っていますからね。
長曽我部 竣也の写真
長曾我部

「着る」の概念が変わる。ナノテクが描くアパレルの未来

入山章栄
入山
サイズが小さくなると、物理の法則も変わってきますよね?
はい。ミクロンからナノの世界に行くと、私たちが知っている古典物理学が通用しなくなってきます。例えば、小さすぎて重力よりも静電気力や分子間力の方が強くなり、一度くっつくと離れなくなってしまったり。
大坪 正人の写真
大坪
入山章栄
入山
いわゆる量子力学の世界に近づいていくわけですね。お二人はまさに、古典物理と量子論の境界線でビジネスをされている。 長曽我部さん、最後に今後の展望を教えてください。
服って、人間が大昔から着ているのに、基本的な概念があまり変わっていませんよね。「ただ着るだけ」から、機能を持った「デバイス」のような存在に変えていきたいです。 防虫だけでなく、着るだけで回復するリカバリーウェアや、音を制御する素材など、ナノテクノロジーを使って衣服のイノベーションを起こしたいと思っています。
長曽我部 竣也の写真
長曾我部
入山章栄
入山
面白いですね。例えばカーテンで吸音するとか?
そうです。実際に現在流通されている吸音カーテンも、繊維構造を制御して音の波長を消す技術が使われています。そういった「見えない構造」を制御することで、生活をより良くしていきたいですね。
長曽我部 竣也の写真
長曾我部
入山章栄
入山
面白いですね。「見えない構造」を制御することで、生活がより良くなる。日本のマイクロ・ナノテクノロジー、めちゃくちゃ可能性を感じます!