2026.01.13

異世界対談

【後編】日本のマイクロ・ナノテクノロジーは世界を揺るがすのか?

【後編】日本のマイクロ・ナノテクノロジーは世界を揺るがすのか?

由紀ホールディングス代表取締役社長・大坪正人さんとFiberCraze株式会社代表取締役社長・長曽我部竣也さんを迎え、「日本のマイクロ・ナノテクノロジーは世界を揺るがすのか」をテーマにディスカッション。
公衆電話の部品やネジを作っていた町工場から宇宙事業へとシフトし、売上のV字回復を達成した大坪さんと、「10億分の1メートル」という大きさの穴を作る技術を事業に活かす長曽我部さんに、経営学者・入山章栄さんが迫ります。

大坪 正人

大坪 正人

由紀ホールディングス 代表取締役社長

東京大学大学院修了後、3次元プリンターサービスの「インクス」、現在の「ソライズ」に入社。高速金型部門で開発を担当し、世界最高速で金型を作る工場を設立。その後、大坪さんの祖父が創業した由紀精密に入社し、常務取締役を経て代表取締役社長に就任。経営危機に陥っていた由紀精密(ゆきせいみつ)を、電気電子業界から航空宇宙業界や医療関連業界に転換し、V字回復を実現。現在は、由紀ホールディングスを設立し、代表取締役社長に就任。
長曽我部 竣也

長曽我部 竣也

FiberCraze株式会社 代表取締役社長

「繊維のまち」愛知県一宮市でお生まれになった長宗我部さん。岐阜大学4年のときに、武野明義(たけのあきよし)教授の研究室に入り、意気投合。繊維やフィルムに穴をあける多孔化(たこうか)の技術を用いた、高機能性素材を開発する「FiberCraze」を起業。その後、数々のビジネスコンテストで入賞を果たし、2023年には、「世界を変える30歳未満」の30人として「Forbes 30 Under 30」に選ばれている。
入山 章栄

入山 章栄

浜松町Innovation Culture Cafe マスター
経営学者

慶應義塾大学経済学部卒業、三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。
2019年より早稲田大学ビジネススクール教授。
テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』のコメンテーターを務めるなど、TV出演も多数。
田ケ原 恵美

田ケ原 恵美

浜松町Innovation Culture Cafe 見習い店員

1994年生まれ、滋賀県出身。大学在学中、学内で開催されたミスコンテストで準グランプリを受賞。
SNSのマーケティングスキルを活かしタレント・インフルエンサーとして活動を開始。卒業後はITベンチャーで広報部の立ち上げを担当。自社PRだけでなく、業界啓蒙やファンベースを生かした広報活動を経験。松竹芸能所属。

ナノテクノロジーやミクロンテックも人間の目で見える?

入山章栄
入山
大坪さんのご専門である金属について、ミクロンテックの話をお伺いしていきたいんですが、やっぱりこのナノテクとかミクロンテクノロジーというのは重要なんですか?
そうですね、とても重要です。例えば、機械部品を作る上で機械精度の話になると、ミクロン台の1桁とかになると十分高精度なんです。精密機械式時計のような機械で動くものという捉え方をすると、やっぱり数ミクロン、数十ミクロンぐらいの精度誤差、許容値で十分精度がいいものになります。
大坪
入山章栄
入山
大坪さんは時計もお好きだと思うのですが、それはやはり、時計に使われている金属がミクロン単位の誤差しか許さないみたいな点が「いいな」となるわけですか?
そうですね。やっぱり「こんなに機械精度の良い部品があって、この腕に数百部品も持っていられるなんて、なんて幸せなんだろう」みたいに思います。いや、そんな精度で作っているものって今は一般的ではないじゃないですか。そういったものを精密機械式時計なら持っていられるんですよね。
大坪
入山章栄
入山
すごいレベルの高い時計を作るときの金属加工というのは、人間の目で見えるものですか?
人間の目では判断できないです。全くわからないですね。ただ、人間の目ってすごく優れたところとそうでない部分があって。例えば「これ、プラスマイナス1ミクロンでできてますか」というのは見ても絶対にわからないですね。

ただ、光が干渉して干渉縞(かんしょうじま)という縞模様が見えたりするんですよ。ちょっとしたガラスの隙間がすっと開いてきているところが「すごいちっちゃな隙間ができてます」というときは、離れてくると光が行って戻ってきたやつで干渉する縞みたいに見えてくるんですね。そういうとき、人間の目でも数ミクロンとかミクロン以下っていうのは判断できたりするんですよ。

大坪
入山章栄
入山
へえ!
だから結構面白くて。そういった絶対的な数値とかは人間の目は全然わかんないんですけども、相対的なものとかは結構よくわかったりするんですね。格子状にいっぱい点が並んでるものが1個だけ少しズレているなどは、人間の目で見えることがあります。その辺はちょっと面白いなと思っています。
大坪
めちゃくちゃ面白いですね。我々は「繊維」といっても、いわゆる「高分子」と言われるような、分子量でいくと数万などの世界は扱っていますが、精密機械だとやっぱり無機材料、金属などの世界なので、また少し違うんですよね。

そのため私は全然詳しくないのですが、やっぱりそういう話を聞くとすごく勉強になりますし、自動車は特に何百万部品と作られていて、その1つ1つはやはりナノテクノロジーなどの細かい技術で作られているので。

長曾我部

自動車や航空機にも活用されているナノテクノロジー

入山章栄
入山
自動車も今、ナノテクが入ってるってことですか?
入ってますね。「入ってる」というのが、例えばエンジンのピストンとかがナノレベルの精度を要求しているというわけではなくて、表面が例えば鏡みたいに見えていると、もうデコボコがミクロンよりも下だったりとか。あるいは、わざとそこに粗っぽいテクスチャーをつけてザラザラにしてみるとか。「表面粗さ」っていう表現があるんですけど、何ナノぐらいのデコボコがあるかっていうのを測って。
大坪
入山章栄
入山
そういう表面粗さっていうことですね。面粗度(めんそど)ってことですか。
「面粗度(めんそど)」とか表面粗さとか言うのですが、そこに単位があって。それも本当に針を沿えて表面を走らせて、デコボコ測定器で取っていくんですね。それでナノレベルのデコボコが数字で表せるんですよ。
大坪
入山章栄
入山
そんなに自動車ってこだわる必要あるんですか?
そこがすごいんですよ。自動車、特に内燃機関であるエンジンとかは本当にそうですね。
大坪
入山章栄
入山
鉄の塊が1分間に何千回も爆発していて、それで10万kmとか走れるんですよね。想像を絶するすごさがあると思ってます。今では電気自動車も増えていますが、内燃機関の技術はまだまだ伸びると思っています。

テクノロジーがないと一瞬で焼き付いちゃったりとか、まともに動かないですよね。潤滑油が隙間の中にちゃんと入っていくことで、金属同士がすごい熱を発生してすごい力がかかって速く動いても焼きつかないように工夫されていますよね。

入山章栄
入山
なるほど。ナノテクだから油が入りやすくて、きちんと潤滑するわけですね。
本当に細かい世界ですし、特に自動車業界って安全性が一番重要じゃないですか。詳しくありませんが、必要な検査項目もものすごいあると言われていて。
全てクリアしないといけないですし、表面にちょっとでもデコボコがあったらダメとかってなるので、僕らが想像する以上のナノテクノロジーが使われた世界なんじゃないかなと。
長曾我部
入山章栄
入山
大坪さんが携わっている航空業界だと、どうなっているのでしょうか。
そうですね、やはりジェットエンジンとかも本当に芸術品ですよね。もう凄まじいです。皆さんが乗る飛行機のジェットエンジンは、熱から表面の処理、それこそ金属の結晶構造から管理されています。

熱を入れて冷やしたりすると、中の構造が変わっていくんですよね。金属の結晶構造までも完全にシミュレーションして、作って検証するのを繰り返して今に至ります。

大坪
入山章栄
入山
長曽我部さんの繊維は、もう今飛行機のボディにはナノテクとして普通に使われているようですが、これからは自動車などにも活用されていくのでしょうか。
そうですね。カーシートも遷移が使われていますし、マスクで使われている不織布なんかもフィルターですよね。
長曾我部
入山章栄
入山
エアフィルターですね。それこそ「空気を通さないけど別のやつ通す」みたいな。
微粒子はちゃんとそこでキャッチしてくれるんですけど、やっぱりずっとキャッチしちゃうとどんどん埋まってしまって空気の通りが悪くなっちゃうので、交換する必要がありますよね。

あとは意外と見えないんですけど、上とか下にも不織布とかが入ってるんですよ。その中には基本的に空気が入っていますよね。そうすると、断熱材の役割を果たしてくれるため、熱を通しにくくなります。

長曾我部
入山章栄
入山
断熱材にもナノテクが入る余地はいっぱいあるんですね。
たがえみ
たがえみ
今やられている業界って事業継承が難しいのかなと思うのですが、V字回復を含めてどのような取り組みをされたのでしょうか。
金属加工は、ナノまでいかない領域でもさまざまなノウハウがあり、何十年もやっているとかなり会社に蓄積されているんですよね。でもそれが例えば公衆電話の部品にそれを使っていても、ちょっとマーケットがなくなってしまいまよね
大坪
入山章栄
入山
公衆電話にもミクロンが必要なんですか。
実は必要です。例えばテレホンカードのカードリーダーのシャフトは、ものすごく高い信頼性を維持しなくてはなりません。製品ばらつきなどは数十ミクロン単位で管理しなくてはなりません。

そういった高い技術を活用するために、私が目をつけたのが航空業界です。まだまだ機械が活躍する場ですし、非常に精度の高い部品が必要とされています。

そこにマーケットを切り替えていくときに、営業活動を継続していって、展示会出して、国際ISOなどの品質管理の規格を取得することで「航空機の品質がしっかり管理できる会社」だというお墨付きをいただきます。部品加工の精度も上げていきながら航空業界にプロモーションして取っていく。それを10年単位でやっていくイメージをしています。

大坪

中小企業やスタートアップの鍵は「見つけてもらうこと」

入山章栄
入山
長曽我部さん、今の話には結構ヒントがあると思うんです。中小企業やスタートアップにとって、自分が「ここだ」と思い込んでいるマーケットではないところから、「見つけてもらう」ことって重要なんですよ。自分から見つけに行くんじゃなくて、見つけてもらうことで、意外なところから市場が広がる可能性がある。

長曽我部さんの技術も、今は「繊維」で括られていますけど、もしかしたらもっと意外な分野があるかもしれないですよね。

そう思います。もっと言うと、実は元々「繊維」でもなかったんです。我々はフィルムやプラスチックの分野からスタートしたので、そもそも繊維という頭がありませんでした。
「繊維」になっているのは、我々の拠点が岐阜や愛知といった「繊維の街」だからなんです。そこから「これ、繊維に転用できるんじゃないか」という発想で技術が応用されて今に至ります。
長曾我部
入山章栄
入山
岐阜は繊維の町なんですか。
そうです。愛知県と岐阜県の辺りは「尾州産地」と呼ばれていて、木曽川の豊かな水でたくさんのメーカーさんが繊維事業を培ってきたエリアなんです。
長曾我部
入山章栄
入山
なるほど。逆に言うと、長曾我部さんの技術の根本は必ずしも繊維ではなくて、「微細な穴や溝を作る技術」なんですよね。究極的には繊維じゃなくてもいいわけだ。
そうです。先ほどの「防曇(ぼうどん)フィルム(曇り防止)」だったり、小さい穴が開いているので「通せるものと通せないものを分類するフィルター」として使ったり、膜としての研究はずっとされていました。

そこから「繊維もやっていいんじゃないか」「繊維ならいろんなものを閉じ込められるんじゃないか」と広がっていったんです。素材という立場なので応用展開性がありますし、展示会などで異分野の方とお話しすると、新しいアイデアをいただくことも多いですね。

長曾我部
入山章栄
入山
なるほど、面白いですね。 ちなみに、大坪さんのところの金属加工技術についてもお聞きしたいです。僕は素人ですが、ナノテク・ミクロンテック的に、今、大坪さんが気に入っている金属や「この加工技術が最先端で面白い」というものはありますか?
私の最近のマイブームは、完全に「超電導素材」です。グループ内に超電導専門のスタートアップを作ってしまったくらいで。
大坪
入山章栄
入山
へえ! それは金属系の超電導ですか?
マグネシウムやボロン、錫(すず)、ニオブなどを複合材として組み合わせていくんです。マグネシウムとボロンを組み合わせると超伝導素材ができて、それをニオブでくるんで、さらに銅でくるんで……と。ミクロで見ると超電導素材になっていて、温度を下げれば電気抵抗がなくなり、電気が流れ続けるんです。
大坪
入山章栄
入山
それぞれ何ミクロンぐらいなんですか?
我々が作っている、例えばマグネシウムとボロンを使った繊維は今15ミクロンぐらいですね。髪の毛が大体80ミクロンぐらいだとすると、半分の半分くらいですね。
大坪
入山章栄
入山
髪の毛の半分の半分の超電導!すごいなぁ。

マイクロ・ナノテクノロジーがつくる未来

入山章栄
入山
さて、たしかに日本のマイクロナノテクノロジーは世界を揺るがしそうですね。可能性にドキドキします。 最後にお二人に、改めて「マイクロ・ナノテクノロジーがつくる未来」についてお伺いしたいです。
世間一般に見える製品は、デザインや調整などいろんな要素で売れる・売れないが決まりますが、やっぱり「目に見えない世界」――例えば表面加工などは地味ですが、どんなものにも高い機能を付加できるんです。 スマホ、量子コンピュータ、自動車、飛行機、宇宙にも行ける。見た目は違っても、中に使える技術は一緒だったりします。

こういう「見えないけれど高い機能」を緻密に積み上げていくのは、日本人の得意なところでもありますし、日本の強みが活きると思っています。 だから、最終製品はどこが作ってもいい。蓋を開けてみたら「日本のこの会社が世界シェア80%持っている」「日本製が入ってる」という状態にできるなと思っています。

大坪
入山章栄
入山
なるほど。経済産業省が選ぶ「グローバルニッチトップ」のような企業が、日本にもっと増えるといいですね。
共感します。細かいものを作れるということは、それを「評価・検査できる」という裏付けがないとダメなんです。 測定できないと意味がないので
そういう評価装置やメカニズムを作っているのも、日本企業なんですよね。
長曾我部
入山章栄
入山
そう考えると、ナノテクのエコシステムみたいなものは、日本がどこも強い時代になってくる。
そうですね。作る側と測る側、両方あるのは日本の強みですし、これからもその地位を守ってほしいなと思います。
大坪
入山章栄
入山
期待したいですね。人材についてはどうですか?
本当に厳しいです。理系・工学部に行く人も減っていますし、エンジニアだった人がコンサルや金融に転職してしまうケースも多いです。
長曾我部
入山章栄
入山
そうなんですよね。メーカーや研究職に行く人が少なくなって、大企業の研究所の厚みが弱っていると感じます。
予算も減らされています。昔はメーカーの中央研究所といえば、かなり先の未来のための基礎研究にお金を使っていたはずなんですが、そこがだんだん縮小しているのが残念です。
長曾我部
入山章栄
入山
でも、長曽我部さんのように大学発ベンチャーという道もありますよね。今回、CTOとして竹野先生が入られていますが、大学の先生が起業に関わるケースは増えているんでしょうか?
うちの大学(岐阜大学)だと、大学発ベンチャーは10社強あるんですが、学生が起業するというよりは、工学部の先生が自分で技術を持って会社を作るケースの方が多いですね。
長曾我部
入山章栄
入山
先生が社長になるパターンですね。
はい。なので、我々のように「学生と先生が組んでやる」というパターンは少し珍しいです。
長曾我部
入山章栄
入山
なるほど。最後に一つ、技術流出についてはどう考えていますか? 技術力が高ければ高いほど、真似されたり海外に流出したりする懸念があると思うんですが。
私は結構オープンにしています。自分たちだけで技術を抱え込んでいても広がりがないので、むしろどんどん広げてマーケットを増やしていく。 その代わり、さらにその上の技術を自分たちで開発して切り開いていく。できたものは渡して、また次のものを作る。そうやって常に「上の方」にいればいいことがあるはずだと思ってやっています。
大坪
私も賛成です。特許などで情報は公開されても、ナノテクのような細かいモノづくりは、プロセスやノウハウが複雑すぎて、実はなかなか真似できないんですよ。「わかるほどやりたくなくなる」みたいな。
長曾我部
そうそう。 「真似して作るより、その部品を買って使った方が早いよね」と思わせるのが勝ち筋だと思います。
大坪
入山章栄
入山
なるほど。「情報はバレても、日本しか作れない」という世界ですね。 お二人の話を聞いていると、日本のマイクロナノテクノロジーには伸びしろしかないなと感じてきました。ワクワクしますね。 本日はありがとうございました!