2026.01.15

未来を創るスター・サイエンティスト アカデミック記事

【第4回】AI時代のコンサルは不要になるのか?アカデミア発、「科学的経営アプローチ」がビジネスの常識を覆す。

【第4回】AI時代のコンサルは不要になるのか?アカデミア発、「科学的経営アプローチ」がビジネスの常識を覆す。
牧 兼充

牧 兼充

早稲田大学ビジネススクール准教授
主な兼職として、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)監事、カリフォルニア大学サンディエゴ校ビジネススクール客員准教授など。

【第3回】では、イノベーション創出の仕組みをめぐる日米の決定的な違い、特にVC主導の米国型と科学者主導の日本型の連携モデルを比較し、ディープテックの事業化における「知の移転効率」の重要性を明らかにした。【第4回】では、アカデミアで発展した「フィールド実験」などの科学的アプローチがビジネスの常識をどう覆すのか、そしてAI時代において真に求められる「科学的思考」の価値を解き明かす。


第1章:「勘」から「科学」へ。フィールド実験が覆す旧来の経営常識

「AIの登場でコンサルタントの仕事はなくなる」──。近年、まことしやかに囁かれるこの言説は、本質を捉えきれていないのかもしれない。確かに、データ分析や資料作成といった業務はAIに代替されるだろう。しかし、本当に価値ある仕事、すなわち「正しい問いを立て、客観的な証拠(エビデンス)に基づいて最適解を導き出す」プロセスは人間にしか、それも高度な科学的思考を修めた人間にしかできないのではないか。

いまアカデミアの世界で発展してきた「フィールド実験」をはじめとする科学的アプローチが、ビジネスの常識を根底から覆そうとしている。「勘・経験・度胸(KKD)」に頼った旧来の意思決定はもはや通用しない。

早稲田大学ビジネススクールの牧准教授が海外のトップ研究者らと立ち上げようとしている新事業は、まさにこの「科学的経営アプローチ」を社会実装するものだ。彼らの実践はAI時代のコンサルティングが向かうべき未来、そして日本企業が変革を遂げるための新たな武器の姿を鮮やかに描き出している。

第2章:その「常識」、本当に正しいですか? フィールド実験が暴く“思い込み”の罠

ビジネスの現場は「こうすれば上手くいくはずだ」という無数の“思い込み”で溢れている。だが、その意思決定に客観的な根拠はあるだろうか。牧准教授らが企業と共同で進める「フィールド実験」は、こうしたビジネスの常識に鋭いメスを入れる。

フィールド実験とは、現実のビジネス環境下での複数の選択肢をランダム化比較試験(RCT)のような科学的手法で検証し、その効果を厳密に測定するアプローチだ。マーケティングにおけるA/Bテストもその一種だが、牧准教授らはそれをより高度化させ、イノベーションや新事業創造といった複雑な経営課題に応用している。

【事例1:国内総合電機メーカー】オープン・イノベーションの意外な落とし穴

多くの企業が取り組むオープン・イノベーション。その代表格であるアクセラレータープログラムで、どうすればより良いスタートアップと出会えるのか。国内総合電機メーカーと牧准教授らのチームは、ある実験を行った。

  • 実験内容: 約1000社のスタートアップリストをランダムに二分割。片方には広く参加を呼びかける「公募型」アプローチを、もう片方には事前に社内で有望と判断した企業に個別に声をかける「指名型」アプローチを取った。
  • 衝撃の結果: 最終的にマッチングしたスタートアップの質を比較したところ、意外にも「公募型」の方が質の高い企業群を形成できていた。

「事前に公開情報を用いて『質が高い』と選んだスタートアップは確かに有望でした。しかし、そうした企業は世界中のアクセラレーターから引く手あまたで、我々が声をかけても実際に興味を示してくれる確率は低い。一方で、事前の公開情報だけでは分からないけれど、実は非常に面白い技術を持つスタートアップが『公募』の網にはかかってきた。結果として、全体のプールの質は公募型の方が高くなったのです」

これは、「優秀な層に的を絞ってアプローチすべき」というビジネスの常識が、実は機会損失を生んでいた可能性を示唆する。思い込みを排し、科学の目で検証して初めて見えてくる真実があるのだ。

【事例2:国内建設会社】ダイバーシティが組織を強くする「科学的」理由

「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」は現代経営の必須科目だ。しかし、その重要性を感覚論ではなく、科学的に証明できるだろうか。国内建設会社との共同研究は、その問いに一つの答えを示した。

  • 実験内容: 情報共有の重要度が高いシミュレーションゲームを実施。メンバーの属性が均質なグループと、障害を持つメンバーが一人加わった多様なグループのパフォーマンスを比較した。
  • 明確な差異: 多様性のあるグループの方が、より多くの情報共有が行われ、結果的に高い成果を上げた。

「均質なグループでは、『この情報は言わなくても皆知っているだろう』という暗黙の前提が生まれ、コミュニケーションの幅が狭くなりがちです。しかし、背景の異なるメンバーがいると、『この前提は共有されていないかもしれない』という意識が働き、結果として対話はより丁寧で多角的になる。これが、コミュニケーションの『量』は減っても『質』が高まるメカニズムです」

D&Iは単なる社会的要請ではない。それは組織内の情報流通を促進し、集合知の質を高めるための、極めて合理的な経営戦略なのである。この実験はそのことを客観的なデータで裏付けた。

AIを真に使いこなす「科学的思考」

牧准教授らの挑戦はAIとの関係性にも新たな光を当てる。彼らが構想するのは、AIとフィールド実験を組み合わせた次世代の意思決定エンジンだ。

「AIは様々な予測を可能にしますが、その精度は教師データに依存し、バイアスがかかりやすいという弱点があります。予測精度が低い時、ただ闇雲にデータを増やすだけでは不十分です。本当に必要なのは、『どのようなデータを追加すれば、AIの精度を最も効率的に上げられるか』を設計し、そのためのフィールド実験を行うことです」

これはAIを単なるツールとして使うのではなく、AIを育てるための「仮説検証プロセス」を経営に組み込むことを意味する。AIが示した予測に対し、人間が科学的思考を用いて問いを立て、実験を通じて新たな知見(データ)を獲得し、AIにフィードバックする。この循環こそが、AIと人間の知性が融合した、真に高度な意思決定の姿だ。

これは過去の事例を分析してパターンを見出す従来のコンサルティングとは一線を画す。未来を予測し、その予測を自ら検証・改善していく──。これこそ、AI時代に求められる新たなプロフェッショナルの姿と言えるだろう。

第3章:国の「目利き」を科学する:AMEDでの新たな挑戦

牧准教授の「科学的経営アプローチ」の実践は、一企業のコンサルティングに留まらない。彼は2025年9月、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の監事という異例の抜擢を受けた。40代の非医療分野の准教授がこういったポジションにつくことは極めて異例だ。AMEDは、年間約1300億円の予算を動かす日本最大の医療系のファンディング・エージェンシーだ。

「異例の人事だと自覚しています。求められているのは、エコシステムやスタートアップ、そしてスター・サイエンティスト研究の視点から、この巨大なファンディング・エージェンシー全体のガバナンスを見ることだろうと受け止めています。最も気になるのは、未来のスター・サイエンティストの育成にちゃんとお金が回っているのか。審査員の選び方や評価基準は、世代の偏りを生んでいないか。そして、投下した資金が本当に効果を上げているのか、エビデンスに基づいて評価(EBPM)できているか、ですね」

これは、一国のイノベーションの源泉である研究費の配分、すなわち国の「目利き」の仕組みそのものを科学的に見直そうという壮大な挑戦だ。企業の経営課題から、国家のイノベーション戦略まで。その根底に流れるのは、「正しい問いを立て、客観的なエビデンスに基づいて判断する」という一貫した科学的アプローチである。

第4章:コンサルタントは「科学者」になる

AIは過去のデータを学習し、最適解を提示する。しかし、過去に答えのない問題や、常識を疑うべき局面において、AIは無力だ。
牧准教授の実践が示す未来。それは、コンサルタントの役割が過去の知識を切り売りする「物知り」から、未来の知識を生み出すための「実験設計者=科学者」へとシフトしていく世界だ。価値の源泉は、答えを知っていることではなく、答えを見つけ出すための「問い」と「問いの検証の方法論」を知っていることに移る。

AIに代替されることを恐れるのではなく、AIを育てるパートナーとして科学的アプローチを使いこなす。そんな新時代のプロフェッショナルが、これからのビジネスをリードしていくことになるだろう。

【第4回】では、アカデミアで発展した「フィールド実験」などの科学的アプローチがビジネスの常識をどう覆すのか、そしてAI時代において真に求められる「科学的思考」の価値を解き明かした。【第5回】では、イノベーションの大前提となる「卓越した知」を生み出す博士人材が、なぜ日本で正当に評価されないのか、その構造的な問題に切り込み、「失われた30年」を終わらせる日本再生計画を提言する。