2026.02.03

未来を創るスター・サイエンティスト アカデミック記事

【前編】臓器再生という人類の夢に挑む―中内啓光教授が語る、日本の基礎研究とイノベーションの未来

【前編】臓器再生という人類の夢に挑む―中内啓光教授が語る、日本の基礎研究とイノベーションの未来

中内 啓光

中内 啓光

東京科学大学総合研究院 特任教授

造血幹細胞研究の世界的権威で、幹細胞の自己複製・分化メカニズムの解明に長年取り組む。東京大学医科学研究所、筑波大学、理化学研究所などを経て現職。動物体内でヒト臓器を作製する「胚盤胞補完法」による臓器再生研究でも知られ、iPS細胞を用いた膵臓・腎臓再生など次世代再生医療の基盤を築いてきた。スタンフォード大学にも拠点を持ち、日米両国で研究を展開している。

プロローグ:カリフォルニアから届いた、ある科学者の声

2025年のある日、太平洋を隔てた二つの研究室を繋ぐオンライン会議システムを通じて、一人の日本人科学者の声が届いた。スタンフォード大学医学部教授であり、東京科学大学特任教授でもある中内啓光氏。再生医療の世界的権威として知られる彼は、カリフォルニアの陽光が差し込む研究室から、日本の科学技術の現状と未来について、率直な思いを語り始めた。

「私の仕事はやはりIP(知的財産)を作り出す大学アカデミアで新しい技術を作るということと、若い研究者を育ててイノベイティブな考えを持つ研究者を養成することに徹していて、ビジネスのことはあまりよく分かっていません。」

一見すると謙遜にも聞こえるこの言葉。しかし、中内教授はこれまでに5社のバイオベンチャー創業に関わり、そのうち2社は既に株式上場を果たしている。リプロセル社、メガカリオン社、センチュリーセラピューティクス社、セレイドセラピューティクス社―これらの企業名は、日本の再生医療ビジネスの歴史に確実に刻まれている。

本稿は、博報堂ミライデザイン事業ユニットと早稲田大学ビジネススクール牧兼充准教授による共同研究プロジェクト「スターサイエンティストが語る、ラボを起点としたイノベーション」の一環として実施された、約2時間に及ぶインタビューの記録である。

第1部:研究者としての軌跡―免疫学から再生医療へ

横浜からスタンフォード、そして東京へ

中内教授の研究者としてのキャリアは、1978年の横浜市立大学医学部卒業から始まる。在学中にはハーバード大学医学部へ1年間留学し、卒業後は横浜市立大学附属病院で内科研修医として臨床の現場を経験した。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、免疫学の権威である多田富雄教授の下で博士号を取得。1983年にはスタンフォード大学でリサーチフェローとして研究を開始した。

「僕は元々免疫学を専門にトレーニングを受けてきました。日本とスタンフォード大学でさらなるトレーニング受けたあと、幹細胞の研究をしようということで、当時は造血幹細胞しか幹細胞はなかったので、造血幹細胞の研究を始めました。」

この転換は、中内教授の研究人生における重要な分岐点となった。1987年には理化学研究所造血制御研究チームのチームリーダーに就任、1993年に筑波大学基礎医学系免疫学教授、2002年に東京大学医科学研究所教授と、日本の主要研究機関で要職を歴任してきた。

20年越しの夢―造血幹細胞の体外増幅

研究者としての粘り強さを物語るエピソードがある。造血幹細胞を試験管内で増やすという、一見シンプルに思える研究目標。しかし、その実現には実に20年以上の歳月を要した。

「20年以上前からの研究の目標であった『造血幹細胞を試験管の中で増やす』という研究が数年前についに実現できたので、造血幹細胞研究の方にはちょっと力が入っていなくて、今はiPS細胞から臓器を再生するというプロジェクトが一応、メインになっています。」

この言葉には、基礎研究の本質的な困難さと、それを乗り越える研究者の執念が込められている。20年という時間は、多くの研究者にとって研究生活の大半を占める期間である。その間、成果が出ない苦しみ、研究費獲得の困難、周囲からの圧力など様々な障害があったはずだ。しかし、中内教授はそれらを乗り越えついに目標を達成した。そしてさらに、次の課題へと挑戦している。

クロスアポイントメント―二つの国を跨ぐ研究活動

2014年から、中内教授はスタンフォード大学医学部教授を兼務している。東京大学を定年退官した後も、東京科学大学(旧東京医科歯科大学と東京工業大学の統合により誕生)とスタンフォード大学でクロスアポイントメントとして研究を続けている。

「2002年に筑波大学からから東京大学医科学研究所に異動してきて、2014年からスタンフォード大学の教授を兼務して現在に至ります。3年前に東京大学を定年退官ということで、スタンフォード大学にチームごと移ってもよかったのですが、日本の研究者というか日本の研究システムもいいところもあるので、両方の研究室を維持しながら研究を続けています。」

第2部:5つの企業創業―アカデミアからビジネスへの橋渡し

なぜ研究者が起業するのか

中内教授がこれまでに創業に関わった企業は5社に上る。リプロセル社、メガカリオン社、センチュリーセラピューティクス社、セレイドセラピューティクス社、そして最近設立された新会社。しかし、その動機は一般的な起業家とは大きく異なる。

「私自身はあまりビジネスのことがよくわからないし、そんなに興味もないのですが、我々が考えた技術を臨床の現場に持っていくにはものすごくお金がかかります。安全性の検証や有効性の検証など、莫大な費用がかかる検査が多く要求されます。これはもう大学ではできない。しかも科学研究費ではそういう検証はできないので、会社を作ってその会社にお金を集めて検証や実験をやってもらうという、そういう枠組みを活用しているわけです。」

つまり、企業創業は研究成果を社会に還元するための必要な手段であり、目的ではないのだ。この点で、中内教授の起業は純粋にビジネス志向の起業とは本質的に異なる。

メガカリオン社―血小板製造技術の実用化

中内教授の創業企業の中でも特に注目すべきは、血小板製造技術を開発したメガカリオン社である。この技術の意義について、中内教授は次のように説明する。

「血小板の研究ですが、これはどういう事業かというと、無限に培養できるES細胞やiPS細胞から血小板を作れるシステムがあれば、献血に頼る必要がなくなる。例えばパンデミックや戦争があっても、それらの影響を受けずに安定して血小板を供給できるというのは非常に役に立つだろうということで始めた研究です。」

この技術は既に実用化の段階に入っている。「メガカリオン社での製品はもう人に投与していますので、トランスレーション※1できたと言ってもいいかな。大量生産とコストダウンが次の課題ですが、これは大学の研究室だけでは困難です。」

血小板は、血液凝固に不可欠な血液成分であり、外傷や手術、がん治療などで大量に必要となる。しかし、献血に依存する現在のシステムでは、パンデミックや災害時に供給が不安定になるリスクがある。iPS細胞から血小板を製造する技術は、この問題を根本的に解決する可能性を秘めている。
※1 基礎研究から実際の臨床現場への応用のこと。

センチュリーセラピューティクス社―免疫療法への挑戦

もう一つの重要な企業が、米国で設立されたセンチュリーセラピューティクス社である。この会社は、iPS細胞技術を使った新しい免疫療法の開発を行っている。

「センチュリーセラピューティクス社は東大の私の研究室で開発した技術の特許を基に設立した会社です。我々が日本で開発した技術そのものを使った臨床試験が、センチュリーセラピューティクス社の支援もあって、順天堂大学で2つ始まることになった。米国で臨床治験を目指して会社を設立したが、回り回って日本の医療現場で最初に実用化されるということになった。」

日米での起業環境の違い

中内教授は日米両国での起業経験から、それぞれの特徴を鋭く分析している。

「最近の状況から言うと、数千万円から数億円位のシードマネーを獲得して会社を立ち上げるのは意外にも日本の方が容易じゃないかと思います。それはなぜかというと政府が一生懸ンス支援していることと、アメリカと比較してライバルが少ないということが理由ですね。」

しかし、問題はその先にある。

「日本の問題はその後が続かない。規制が厳しくて製品化や臨床応用に進めるには、我々みたいに十年とかかかるわけです。十年も利益を出せないスタートアップ会社を維持するのはほとんど不可能です。」

この構造的な問題に対して、中内教授が提案するのは興味深いハイブリッドモデルである。

「私の今の考えは、米国で会社を作ってそこでピッチ※2をやって、米国のファンドから資金調達をする。アメリカでお金を集めてから、製品を作るとか、細胞を調達するとかは日本でやる。」

このアプローチの利点は明確だ。「日本は研究費や人件費が安い。しかも、ワーカーのクオリティは高い。技術も高いので、それはなかなかいい考えだなと思っています。」

実際、最新の会社はこの戦略に基づいて設立された。「一番最近の会社は一応アメリカで作った会社ですけど、実務的には日本でやろうという感じです。」
※2 製品アイデアや事業計画を簡潔に相手にプレゼンテーションすること。

第3部:起業における本質的課題―CEO人材とビジョンのギャップ

日本におけるCEO人材の不足

スタートアップ創業において最も困難な課題の一つが、適切な経営人材の確保である。この点について、中内教授は豊富な経験に基づく鋭い分析を提供している。

「日本ってエコシステムがあまりできてないので、経営人材が少ないんですよね。どういう人材をVC(ベンチャーキャピタル)が連れてくるかというと、大手の企業で比較的定年が近くなった中堅の人を推薦してきます。」

しかし、大企業での経験が必ずしもスタートアップ経営に適しているわけではない。中内教授は医療の世界になぞらえて、この問題を説明する。

「簡単に言うとですね、医者で言えば、専門医と開業医の違いなんですよね。開業医はどんな病気でも診れる。専門医は心臓なら心臓だけに優れている。スタートアップっていうのは開業医に近いんですよ。小さな人数で何でもやらなくちゃいけない。会社の雰囲気も作らなきゃいけないですし。」

大企業の部長クラスの人材がスタートアップのCEOになっても、「中にはうまくいく人もいますけれど、あんまり当たらないですね。今のところね。」という厳しい現実を述べる。

では、どのような人材が適しているのか。

「やっぱり過去に失敗も含めていろんな経験をしている人がいいなと思います。私だったら間違いなくそういう人をとりますね。成功体験も大事だし、失敗体験も大事だし、小さな会社とはいえ、リーダーシップと人望と経験のある人じゃないと会社をまとめていけない。」

ベンチャーキャピタルとの関係

日本のVCについて、中内教授は具体的な名前を挙げながら、その実態を語る。

「当時京大におられた中辻先生の後押しで最初にリプロセル社を立ち上げた頃は、VCは日本には少なくて、トランスサイエンス社やジャフコ社くらいしか覚えていません。最近は東大のUTEC社のような大学のVCや、比較的若い人たちがやっているVCが沢山できているようですが、数も予算も米国とは比較にならない。」

中内教授の5社の起業はすべてVC主導だったというが、起業の際の困難も明かす。

「センチュリーセラピューティクス社は米国の会社です。日本でiPS細胞を使った免疫療法の技術を開発して、しっかりした特許もあったので、スタンフォードに来て比較的すぐに近くの有名なVC2、3社にその話をしたんだけど、みんなCART※3にばかり注目していて理解されませんでした。全く興味がなかったんです。」

しかし、5年後に状況は変わった。「特許を見てでしょうけど、バーサントっていうアメリカのおおきなVCの一つが声をかけてきて、それでこの会社(センチュリーセラピューティクス社)ができた。数百億円というすごいお金です。」

アメリカのVCとはいい関係性が築けるのかについては、「こっちのピッチはだいたい3分とか5分なんですよね。だからその場で本当に相性が分かるのかというとかなり疑問なんですけれども、それでいきなりお金を渡すわけじゃなくて、それをきっかけにして、その後いろんな交渉が始まるっていう感じでしょうかね。」と話す。
※3 CART療法のこと。免疫細胞の一つであるT細胞を、がん細胞を特異的に攻撃するように遺伝子改変する。

科学者とビジネスのビジョンギャップ

中内教授は、研究者が目指す科学的目標と、企業として生き残るためのビジネス上の要請との間には、しばしば乖離が生じるという、スタートアップが直面する本質的なジレンマを指摘している。

「これもまたスタートアップの問題なんですけれども、一旦会社を作ると、会社のCEOは会社を存続させることがメインになるので、最初の目的とちょっと違うことを始める傾向があります。」

「せっかくセンチュリーセラピューティクス社という会社を作りましたが、我々がやって欲しいこととちょっと違うことをやり始めました。しょうがないので、我々が開発した方法を実際に応用することを目標にした会社を改めて別に作り、クリニカルトライアルをようやく実現しつつあるという感じです。」

この問題は構造的なものだ。「やっぱりビジネスの人たちも生活がかかっています。会社をうまくやっていくことが目的なので、科学者サイドとビジネスサイドの人たちがうまくやっていくっていうのはなかなか難しい。」

株式保有とガバナンスの現実

研究者の株式保有についても、中内教授は現実的な見解を示す。

「もともとは株式を何十パーセントか持っていても、IPO(新規上場)をした時点で大抵お金が外からいっぱい入ってきますので、最終的に5パーセント以下になってしまいます。もうほんのわずかです。」

しかし、これを問題視していない。「私は株式保有にはあんまり興味がない。自分の研究を早く社会実装してほしいので、(企業方針について)もっとこうやってほしいと言いたいところではありますが、結局は(企業からの)お金がなければ何もできない。」

むしろ、研究者が過度に経営に関与することの危険性を指摘する。

「そういう人たち(50パーセント以上株を持って支配権を持ちたい人)は、自分の研究を社会実践する会社に乗り込んでいってやるのだっていう、そういう意気込みは分かるんですけれど、どうですかね、やっぱりビジネスに関しては素人ですからね。スタンフォード大学の教授の中には大学を1-2年休んで自分の企業の立ち上げに全力投資する人もいますけど。」

第4部:技術移転の最適なタイミング―プルーフオブコンセプトからスケールアップへ

大学でのプルーフ オブ コンセプトと、企業でのスケールアップ

プルーフオブコンセプトとは、新しいアイデアや技術が、本当に実現可能なのか、臨床において有効なのかをあらかじめ最小限に検証することである。

「プルーフオブコンセプトっていうのは我々では非常に大事にしてるんですけども、我々はiPS細胞から血小板を作る基本的なプラットフォームを作ったので、それでIPを出しました。」

ここまでが大学の役割だという。しかし、次の段階が重要である。

「あとはその原理を拡大してたくさん作る。つまり血小板を試験管の中で研究室の中で作っただけでは社会実装できないので、それをスケールアップして大量に安く作る。これはもう企業的な技術であり、我々が大学で行える技術ではない。」

エンジニアリングへの移行点

技術移転の最適なタイミングについて、中内教授は明確な見解を持っている。

「この時点で、ある程度そういった(スケールアップの)技術を持っているような会社にやってもらうか、あるいは自分でスタートアップを作ってそこで様々な技術とお金を集めてやるかを決める。要するに我々だけではよくわからない、大量培養の技術に関するエンジニアリングの部分です。」

つまり、基礎研究から応用研究、そしてエンジニアリングへという段階の中で、エンジニアリングの段階に入った時点で企業への技術移転を行うべきだというのが中内教授の考えである。

GMPグレードの製造という壁

医療応用においては、さらに高いハードルが存在する。

「人間に投与する場合はやはり清潔に作るということと、大量に作るということがどうしても必要になってきますので、それがなかなか簡単にはいかないことが多いんですね」

GMP(Good Manufacturing Practice)グレードでの製造は、研究室レベルの製造とは全く異なる。「大学の実験室でうまくいったからといって、試験管を大きくすればいいというわけではない。高度に清潔な環境でやることが要求されるので、規模と環境の両方を満足するっていうのはなかなか大変でコストがかかるんです。」

この品質と量の両立は、「特に細胞療法の時代では重要なポイント」だと中内教授は強調する。