中内 啓光
東京科学大学総合研究院 特任教授
目次
中内教授は、東京科学大学とスタンフォード大学の両方で研究室を運営している。その規模について、明確な考えを持っている。
「東京科学大学もだいたい12、3人ぐらいですね。だいたいこれぐらいがちょうどいいサイズだろうと私は考えています。」
かつては80人規模の大研究室を運営した経験もあるが、「やはり生産性が落ちる」「お金を投資する割にはあまりクオリティの高い研究成果が出ない」という教訓を得た。
研究室のメンバー構成についても具体的だ。スタンフォードでは「博士研究員が5人、博士課程の学生が2人、学部生が2人、それから修士課程の学生が1人、インターンが1人、テクニシャンが2名」という構成。テクニシャンについても興味深い特徴がある。「こっちはですね、将来医学部とか大学院に入りたいということで、働いて学資を稼ぎながら実験を学び、論文の共著者になることによって入学のチャンスを広げる方法が一般的です。稼ぎながら研究手法を学ぼうとしている人たちなんですけど、目的が明確でしかも優秀でよく働くので我々にとってもありがたい人材です。」
人材育成において中内教授が最も重視するのは、研究の楽しさを伝えることだ。
「アメリカの人たちとはちょっと意見が違うんだけど、僕はやっぱり一貫してサイエンスを楽しんでくれるような人を育てることですね。つまり私が一番教えたいことは、サイエンスは面白いんだということですね。偉くなるためとかお金を儲けるためとか、それはそれで別にいいんですけど、そうじゃなくて、やっぱりサイエンスってすごく面白いから一緒にやろうよという感じでしょうか。」
この哲学は、効率を重視する米国の教育システムとは対照的だ。
「日本でもそうですけど特にアメリカはですね、とにかく早く研究手法を身につけて卒業してもらうことが優先。つまり、医者を作るのと同じような感覚で、PhDの人※4を作ってるというのが、アメリカ的な教育に対して私とは考えが違う点です。」
※4 PhDは博士号のこと。博士号を取得した人の意。
研究指導の方法論においても、中内教授は独自のアプローチを持っている。
「ものすごく優秀な先生、例えば本庶先生や岸本先生、ああいう先生たちは非常に頭がいいので、大学院生一人一人の研究を全部覚えていて、あなたはこれやってどの程度進歩があったかって毎週チェックできる。私はそんな能力がないので全然違っています。」
中内教授の方針は明確だ。「本人が一番力が出せるのは、本人がやりたいということをやっている時だと思うんですね。『あなた、これをやりなさい』って言われて、なんとなくそれをやらされる。しかもそれを毎週とか毎月チェックされる。そういうマイクロマネジメントっていうのは、その人のやる気を百パーセント出すことはできない。」
研究テーマの選択についても自由度を重視する。「テーマなんかは比較的自由で、良い教育環境、研究環境を作るのが私の仕事だと思っています。」
ただし、完全な放任主義ではない。「私の研究室で全く分野の違うことをやられてもアドバイスができないので、それはちょっと困る」として、方向性は示している。「これまでにないような新しいコンセプトとか新しい技術を開発してほしい。そしてできれば、臨床にも役に立つようなことであって欲しい。」
優秀な人材の流出について、中内教授は危機感を持っている。
「(アメリカの場合)相当優秀な人が簡単に大学をやめて、会社に行っちゃうんですよね。自分で起業する人もいる。それだけ間口が広いってこともあるのですけど、僕は非常に残念に思うんですよね。」
特にカリフォルニアでは、「アメリカの社会では、お金が持つ影響力が大きく、できるだけ早く経済的に自立してリタイアするという考え方が広まっている。」という。「すごく超優秀な人たちがいとも簡単にアカデミアをやめて起業したり、あるいはその近くのベンチャーカンパニーに就職してしまったりという傾向がこの辺りは特にあるんです。」と。
スタンフォード大学への完全移籍も可能だった中内教授が、なぜ日本との二拠点体制を選んだのか。その理由は、日本の研究環境の意外な強みにある。
中内教授は、日本の研究システムの良さとして、研究者の生活が保障されていることを挙げる。「やはりひとつはシステムとして、大学教授とその下にいる何人かが大学によって雇用されている、つまりその人たちの生活が保障されてるということ。これは日本の皆さんは当たり前のように思うかもしれませんけども、米国のランクの高い大学、スタンフォードとかハーバードとかそういうところは、ソフトマネーといって自分の給料を含めて全て外からお金を調達してこなければなりません。そうしないと自分も含めてクビになってしまいます。」
この緊迫感が研究の質に影響を与える。「アメリカのサイエンスの一つの問題だと思うのですけれども、そういうふうに生活がかかってくるとですね、やはり私がやっているようなあまりのんびりしたロングターム、ムーンショット的な研究というのはなかなかやりにくいです。」
一方、日本では「全然論文を書かなくても、特許を発明をしなくても、依然として生活には困らないわけです。その安心感っていうのがですね、やはり長期的な展望に立った研究をやるには都合がいい。」
もう一つ日本の強みは、研究者の勤勉さと真面目さだ。「日本の技術者とか研究者っていうのは概して真面目で、ワークエシックスというか、働く倫理観が高いので、例えば仕事がうまくいかなくても粘り強く頑張ってやり遂げる。そういった、仕事をきちんとやるという風土があります。」
米国の強みも明確である。
「こちらはVCを利用してイノベーションを起こす歴史がある。今の日本はこっちの30年ぐらい前ですかね。感じとしては、だいたい30年遅れているんで。」
この歴史の差は、様々な面で現れる。「学生にそういう起業を教える講義もたくさんありますし、成功した人たちがやってきて、学生に色々話をする機会もある。実際にスタンフォード大学の講義として、学生がVCの人たちの前でアイデアを話して、それ面白いと思ったらもうそのいきなりそこから会社がスタートしてお金が集るとかもあります。」
VCの質も違う。「こっちのVCってやっぱりよく勉強しているんですよね。日本でいう博士号を持っている人や医師、弁護士もたくさんいるし、肩書きが『MD PhD MBA』※5っていう人もたくさんいるんです。よく見ていますよね、面白そうな技術があると声をかけてきます。一方で評価は厳しいです。」
学内でのピッチイベントも活発だ。「学内ピッチみたいなものがあって、学生のみならずVC起業家、あるいは起業している人もNDA(秘密保持契約)にサインして参加します。学生や教授がこういった人達の前でアイデアを話し、起業へのアドバイスをしてもらう。面白い技術だなと思ったらその場で声をかけて会社を作る準備を始める場合もある。」
※5 MDは医師、PhDは博士号、MBAは経営学修士。それらの肩書きを全て取得しているということ。
中内教授が最も強く批判するのが、日本の定年制度である。
「年を取ってきて分かったんですけども、大学院生を指導するには最低4年間なくてはいけないので、もし65歳が定年だと61歳から大学院生は採れなくなるんですね。そうすると、その残りの4年間っていうのはもう本当に人手がなくなっちゃうような感じです。」
さらに問題なのは、優秀な研究者の海外流出だ。「今60歳ぐらいっていうとサイエンスの分野では一番脂が乗っている時だと思うんですよね。そういう時にどんどん人手がなくなって研究できなくなっていく。」
その結果、「そういう優秀な人たちが良い条件でリクルートしてくる中国とか他の国に行っちゃうわけです。私もその一人かもしれないけど。」
しかし、中内教授は単純に定年制を廃止すればいいとは考えていない。問題の本質は別のところにある。
「多くの人は定年がなくなると役に立たない老人がいつまで経ってもその場所に居座って世の中をダメにするっていう風に理解しているんですよ。ところがよく考えてみると私はそうじゃないと思うんですね。日本の大学で例えば教授でも7割ぐらいは、研究活性が相当低下したまま定年を迎えるのではないか。なぜかというと雑用は多いし、何もしなくたって給与は出るわけですから力が入りません。しかも定年まで身分が保証されているので頑張らなくても居座れるわけ。米国のように良い研究をしてグラントを得ないと生活に困るというような厳しい状況とは異なります。」
「雑用を極力排除し、もっとしっかりとその人の業績を評価するシステムを作り、年齢に関係なく良い研究ができる人が大学教授として働くことができるシステムを作れば、研究能力が低下した人達は定年前にいなくなりますから、そこに能力のある人たちがどんどん入っていけるようになり大学も大きく変わっていくのではないかと思います。」
つまり、必要なのは本来やるべき仕事ができる環境と適切な評価システムの導入だ。
中内教授が最近発表したプロポーザルが、世界的な注目を集めている。
「MITテクノロジーレビューという雑誌があるんですよ。そこに実は3月にちょっとしたことをプロポーザルとして発表しているんです。それは、人間を定義するのは意識であると考え、脳の無い人間様生物(Bodyoidと名付けた)をiPS細胞とかES細胞から体外で作ることを考えました。莫大なお金と時間がかかる割には信頼性の低い、動物を使った有効性や安全性試験の代わりにBodyoidを使えば、動物実験より正確に評価できるはずです。米国や中国では脳死患者に対して遺伝子改変ブタの臓器を移植する臨床研究を行っています。最終的にすべて体外で子どもを作るっていう僕の一つのゴールみたいな、目標でもあります。」
中内教授が描く究極のビジョンは、まさにSFの世界を現実にしようとするものだ。そしてこの技術の意義は、単なる科学的興味を超えている。
「とりあえず分子レベルではなくても、細胞レベルで受精卵から始まる個体の形成の全て体外で行う。これが可能になって初めて人体を少なくとも細胞レベルで理解できたと言えるのではないか。女性の体の中で子どもを作らなくてもちゃんと子どもが作れると、そういうような時代が来るだろうと思ったんですね。その時に初めて、女性が自分で子供を作るということに対して『新しい選択肢』を提供できる。そういう技術ができるようになると、医学とか人間も、また社会も大きく変わってくる。」
この提案に対する反応は興味深い。「この提案は色々な問題を含んでいるのでもちろん、米国、イギリスはもちろんのこと、スペイン、韓国、フランス、などの国からいろいろインタビューが来ますよね。しかし日本からは全然来ないので、やっぱり日本のメディアの人たちはああいう先端テクノロジーの情報を得ていないのだろうなと思い、ちょっと取り残されているという感じを受けます。」
このビジョンには、さらに壮大な展望が含まれているときく。
「例えばイーロン・マスクは火星に人を送るとか言っているけども、そういう時代はやがて来るでしょう。でも距離的にもっともっと遠いところに行くとなると、移動するだけで10年、あるいは20年以上かかる。そうなると女性の宇宙飛行士が乗って行っても、子どもを産んで人口を増やすというような状況ではなくなってくるわけです。」
体外での生命創造技術があれば、「受精卵や幹細胞さえ沢山持って行けば女性がいなくても沢山のヒトが作れる。そういう技術が出てくれば、宇宙旅行で何十年とかかる星に行っても人類は生きながらえることができる。」
興味深いことに、この技術は既に部分的には実現可能な段階にある。
LGBTQカップルの子ども作りについて聞かれた際、中内教授は答える。「もちろんそれは倫理的な問題は別にして本気で取り組めば今でもできるんじゃないかな。一応もうマウスではできていますから。」
しかし、技術的可能性と社会実装の間には大きなギャップがある。「こういう課題っていうのは、まず社会の意識とか規制とかが非常に重要なんですよね。そこをどういう形で社会の人たちに理解してもらえるかっていうところが大事なんです。」
政治的文脈の影響も無視できない。「やっぱり社会的なコンセンサスを大多数の人から得るっていうことは非常に重要だと考えていて、そのためには技術が開発されるよりも少し早めに、そういうようなディスカッションを始めるというか、考える期間が必要かなという風に考えています。」
個別の技術開発だけでなく、それらを統合する研究の重要性を指摘する。
「プロポーザルを書いた理由のひとつなんですけれども、みんな各分野、幹細胞から始まって人工子宮の開発まで頑張っているのですが、最終的な目標が出てくると、それらを統合する研究が必要になってきます。倫理的、社会的な側面も含めて、それをそろそろみんなで考えなければいけない時期かと思ったわけです。」
科学の社会実装において、メディアの役割は極めて重要である。しかし、中内教授は日本と欧米のメディアの質に大きな差があることを指摘する。
7年前のBBC特派員のヒト・ブタキメラの研究に関するインタビューで中内教授は興味深い違いを経験した。その時のインタービュアーに関して、「BBCの人たちはPhDの人たちで、研究内容を非常によく理解してるんですよ。内容をよく理解した上で、こういった研究が持つ倫理的・社会的な問題点についても記事の最後に指摘していて、非常に優秀な人たちだという印象を持ちました。」と話す。
外国メディアの質の高さは一貫している。「先週もフランスのメディアの方に一時間ぐらいその記事のことで話しましたけど、非常によく科学を理解していますよね。」
研究成果の社会実装を進める上で、一般市民との対話は不可欠である。
「そのためには制度とか規制とか社会意識が重要なので、そういうことを例えばメディアの人とか科学ジャーナリストの方たちが一般の人に少しずつ話をしていくっていうことも大事かなと思っています。」
しかし、日本のメディアの問題はやはり深刻だ。「なんかこう週刊誌的な記事を書かれて、細かい、危ないことばっかりセンセーショナルに書くものですから、日本の医療は結構ダメージを受けています。例えば子宮頸がんワクチンもそうです。そういうのもやはり日本の科学に対する一般の人の理解が遅れてるなっていう感じがするところの一つです。先ほどの話に戻りますが、やはり日本のメディアにももっと専門性の高い人が入ってきて欲しいです。」
今回のインタビューは、早稲田大学ビジネススクール牧兼充准教授による「スターサイエンティスト研究」の一環として実施された。牧准教授の研究によれば、スターサイエンティストとは単に研究業績が優れているだけでなく、その研究成果を社会実装につなげる能力を持つ研究者を指す。
1980年代の米国バイオテクノロジー産業の研究では、スターサイエンティストの存在とスタートアップの創業地には強い相関があることが示されている。日本では196人のスターサイエンティストが同定され、そのうち約10%がスタートアップを起業している。
「スターサイエンティスト」と呼ばれることについて、中内教授は率直に語る。
「そう呼ばれて悪い気はしないですけども、そこに実質が伴うといいですね。例えばスターサイエンティストには年間3000万円の研究費をこれから7年間与えるとかね。でもそうしたら『研究費をもらってこういう研究ができたので、おかげ様でそう呼ばれるようになった』と逆に感謝しなくていけないのかもしれないですが。」
そして謙虚に付け加える。「基本的には運が良かったというだけかなと思っています。」
インタビューの冒頭で、中内教授は重要な指摘をしている。
「サイエンスの分野によって起業しやすい分野と、起業しにくい分野と、さらには起業しなくてはいけない分野ってあると思うんですね。我々はトランスレーショナルな研究しているので、起業しないとトランスレーションができないという側面もあると思っています。起業していればスターサイエンティストであるのかどうかというのはよくわからないですけど。」
つまり、再生医療のような分野では、人体に応用する際の安全性有効性を確認するための費用が莫大にかかるため、起業は研究成果を社会に還元するための必要条件なのである。
中内教授が切望するのは、国際的に活躍できる人材である。
「僕はやっぱり日本の人たちはもっとこっち(米国)に来て、こっちのコミュニティに入っていって、人間として信頼されるっていう経験と努力をすべきかなと思っています。ビジネスマンとして信頼されるっていうのは結構重要だと思うのですけれど、それがなかなか日本人はできないんです。こっちで人脈を作って、ピッチをして、お金を集めて、会社を大きくしてほしいですよね。そういう意気込みが感じられない。」
「他の中国とかインドとかに比べると圧倒的に数が少ないし、ネゴシエーションもあんまり上手くない。英語も上手くないし、そこは日本の人たちの課題かもしれないですね。」
日本の大学システムの最大の問題は、適切な評価システムの欠如である。
「もっと正確にその人の業績を評価するシステムを作って、業績がなかったらクビになるようなシステムを作れば、世の中は大きく変わって、そういうダメな人たちがいなくなりますから、そこに若い人たちがどんどん入っていける。」
しかし、同時に日本社会の特性も考慮する必要がある。「日本のようなクローズドな社会で、みんな同じような価値観を持っているところで、あまりに厳しい人間の評価を持ち込むと、かなり世の中が荒んでくるということは考えられるので、やっぱり難しいところですね。」
医療分野での実用化を阻む最大の障壁は規制である。
「日本の問題はその後が続かない。規制が厳しくて製品化とか、あるいは臨床に持っていくのには、我々みたいに十年とかかかるわけです。」
いまのところこの問題に対する現実的な提案としては、「特にライフサイエンス系だったらアメリカで起業してアメリカでやる方がいい」という。
しかし、完全に米国に移行するのではなく、日米の強みを組み合わせるアプローチも提案している。第2部で述べられた通り、米国で資金調達をして、実務は日本でやるという方法だ。
「アメリカでピッチをしてお金が入れば、やっぱり今の為替だと日本では有利ですよね。人材もたくさんいる。」
インタビューの最後に、中内教授は若い研究者たちに向けて重要なメッセージを残した。
「私が一番教えたいことは、サイエンスは面白いんだということですね。決して偉くなるためとかお金を儲けるためとかじゃなくて、やっぱりサイエンスがすごく面白いから、私もいい歳をしてアメリカまできて、まだやっているわけです。それが伝わるといいですね。」
起業が注目される時代にあって、中内教授はアカデミアの価値を改めて強調する。
「私の研究室はやっぱりアカデミアにいるわけですから、起業したかったらしてもいいけれども、どちらかというとアカデミアに残ってシーズ※6を作り続けるというところが、期待されているところだと思います。」
「大学の役割っていうのはシーズをいっぱい作ることですね。優秀な人にそれをやってほしい。やっぱり相当優秀な人が簡単に大学をやめて、会社に行っちゃうんですよね。」
※6 将来的に大きな成果や効果を生む可能性のある発見や技術のこと。
厳しい現状分析の一方で、中内教授は日本の可能性も信じている。
「日本の人たちはまだアカデミアに対するリスペクトもあるし、いいなと思います。」
「日本の技術者とか研究者っていうのは非常に真面目で、ワークエシックスというか、その働く倫理観が高い。」
「大部分はこちらの気候がいいのでカリフォルニアいるんですけども、今月末もまた日本に帰って2、3週間いる予定で、行ったり来たりしているという、そういう状況です。」
東京とカリフォルニアを往復しながら、二つの研究室で若い研究者を指導し、新しい技術開発に挑み続ける73歳の科学者。定年という制度的な壁を、国境を越えることで乗り越え、なお研究への情熱を燃やし続ける。
中内啓光教授の姿は、日本の科学技術が直面する課題と可能性を同時に体現している。基礎研究の成果を社会に還元するために必要なものは何か。日本の研究環境をどう改革すべきか。若い研究者たちに何を伝えるべきか。
これらの問いに対する中内教授の答えは、時に厳しく、時に温かい。しかし、その根底には一貫して「サイエンスは面白い」という純粋な思いがある。
臓器再生という夢。体外での生命創造という究極のビジョン。これらは単なる技術開発の目標ではなく、人間とは何か、生命とは何かという根源的な問いへの挑戦である。
「技術的には、しかし、今かなり可能になってきているんですよ。」
この言葉が示すように、私たちは今、科学と社会が新たな関係を構築すべき転換点に立っている。中内教授の挑戦は、その道筋を示す重要な指標となるだろう。
日本の科学技術の未来は、決して暗くない。しかし、それを実現するためには、構造的な改革と、国際的な視野、そして何より「サイエンスは面白い」という原点を忘れない情熱が必要である。
中内啓光教授の言葉と実践は、その全てを私たちに教えてくれている。