寺久保 拓摩
- Takuma Terakubo -
株式会社アンカバードファンド 代表取締役
刑部 芳則
- Yoshinori Osakabe -
日本大学商学部教授
入山 章栄
- Akie Iriyama -
浜松町Innovation Culture Cafe マスター
経営学者
田ケ原 恵美
- Emi Tagahara -
浜松町Innovation Culture Cafe 見習い店員
目次
常連さんに株式会社アンカバードファンド代表取締役・寺久保拓摩さん、お客様に日本大学商学部教授・刑部芳則さんを迎え、「アフリカ投資×勲章」をテーマにディスカッション。勲章制度に込められた権威や、アフリカにおけるリープフロッグ現象、豊かさの価値観について、経営学者・入山章栄さんが迫ります。


そうですね。勲章制度が始まって以来、「御名御璽(ぎょめいぎょじ)」がしっかりと押されていて、旧勲二等以下には御璽(印章)しか入らず、天皇陛下の面前で渡される儀式「親授式」の対象でもありません。
戦前からになりますが、勲三等以上には「副章(星章)」があり、官僚のたちの間でも、勲三等以下はあまりありがたがらないんですよね。




































変わってきている部分もあれば、変わってない部分もあると思います。戦前だと、勅任官になって勲一等とかもらうと、まるで殿様待遇です。今の官僚からすると、そういった待遇は得られないかもしれないけど、変わってないのは「官尊民卑」的なもので、官僚や政治家が主体なんです。
勲一等をもらう人は、今では経団連の会長といった財界人でももらえるようになりましたが、基本的には大臣や次官を務めた人たちが必ず入ってきて、戦前から続いてきているんですね。

























































































スタートアップでは、アメリカやイギリスに上場していくケースもあれば、エジプトではローカルで上場するケースなどもありますし、日本のスタートアップと大きく差はないとは思っています。
あとは、「アリババ(Alibaba)」をはじめとした企業が、現地の起業家を表彰する制度をアフリカで作っていて、将来的な協業先につなげていく狙いはあったりしますが、大手の企業がそのような取り組みをしているのは、そういった背景があるからだと思います。







元々は、政治家や官僚、軍人など、国に仕えている人たちに勲章を与える制度で、民間人は対象ではありませんでした。ところが、大正、昭和と時代が進むにつれて、財界人や教育者など、社会に広く貢献した人にも少しずつ門戸が開かれていきました。
しかし、先ほど述べたように、勲三等以上の高等勲章をもらうのは、民間人にとってなかなか難しいです。終戦後には勲章制度も一度停止されました。理由の一つとして、GHQなどが「貴族的なものだ」という形にみなし、停止に至ったのだと思います。
その後、日本で東京オリンピックが開かれた昭和39年(1964年)に、勲章制度が復活し、現在に至るわけです。勲章制度が復活した時には、政治家や官僚だけではなく、社会に貢献した民間人にも門口が広がり、民間人であっても高等勲章が徐々にもらえる形になってきました。
特に平成に入ってからは制度も変わり、大きな変更点がいくつかありますが、その一つに文言から「勲三等」という表記は無くなりました。しかし、勲章の形がそれぞれ違うので、一目見るだけで勲一等や勲二等であるかが分かります。





























「等級をつけるのはいけない」「みんな平等だ」とは言いますが、平等なわけがありません。もう一つは、「旭日章」というのは勲功で、「瑞宝章」というのは年功と、大きく二つに分かれています。旭日章と瑞宝章には勲八等までありましたが、現在は勲六等までになりました。
三つ目は、明治21年(1888年)に、女性にだけ与える「宝冠章」という勲章が作られました。まずは女性の皇族や各国の王室を対象にして、「女性の勲章」という風に与えられていましたが、大正時代に入ってから、年功である男性に与えていた瑞宝章を、女性にも与える形に変わってきました。
しかし、旭日章だけは男性のものであって、女性には宝冠章が与えられていましたが、平成に入ってから、男女で差別するのは良くないという声も出てきてました。宝冠章は現在、女性皇族と外国の要人を対象に残っていますが、国内の女性は原則もらえず、事実上廃止に近い状態です。
その代わり、旭日章と瑞宝章を区別なく女性にも与えましょうという形で変わってきています。





























私は、勲章が面白い仕組みだと思う一方で、少し気になるのが順番をつける事で、天皇に近い人と遠い人が出てきますよね。
同じ人生なのに、国が勝手に「お前の人生の方が上だよね」って言っているようなものじゃないですか。「それってどうなの?」というのは常に思っているのですが、勲章に関してはしょうがないですよね。
教育者でも、大学教授は昔の勲三等に該当する瑞宝章なんですよ。勲一等、勲二等をもらうというのは、教育界全体を動かさない限り、なかなか難しいです。
ところが同じ教員でも、高等学校の校長では勲四等、中学校の校長は勲五等、小学校の校長は勲六等なんです。戦前からつけられた等差みたいなものが、実は今も引き継がれてきています。同じ職業でも「何で、どこに実力の差をつけているんだ」という形になるんですよ。
しかし、文化勲章のように等級を無くして、「みんな同じデザインにしましょう」となると、「俺の実力はこれとは違うはずだ」と不満が出る人もいるんですよ。































スタートアップの世界は、はっきり言ってしまうと実力だけじゃないですか。全てとは言わないけど、時価総額いくらかの会社を作れるかであって、「俺は、実は3000億の会社だ」と言われると、「すげえ」ってなるじゃないですか。
官僚や学校の先生には、分かりやすい数字の評価が無いので、上からの権威が勲章みたいなもので順番をつけてしまう感じなんですかね。





























最後は、「文明の発展とは何か」というサブテーマを中心にお伺いします。アフリカといえば「リープフロッグ現象」ですよね。
つまり、日本や西側の先進国にある既存の仕組みが無い分、戦後の日本に新しいテクノロジーが入ってきている時のように、いきなり新しい仕組みが導入され、既存の仕組みや政府を一気に飛び越えて、最先端のものが入っているという話を、この『浜カフェ』でも寺久保さんから何度も伺ってきました。
最近、改めてアフリカでリープフロッグ現象が起きている事例はありますか?


























































そうですね。クリーンなエネルギーを使って、国の製造業や都市交通を動かそうとしています。一方で、ガソリンなどは輸入に頼っているので、ロシア・ウクライナ戦争前は、1リットルあたり190円くらいの価格が普通でした。
バイクのドライバーは、日々タクシーや物流のドライバーとして働いてお金を稼いでいるのですが、これまでは稼ぎの半分くらいがガソリン代に消えていました。安価な電気に変える事によって自分の利益が増えるので、経済合理性の観点から、最近では電気バイクへ一気にシフトしている現象が起こっています。
もう一つ注目しているのが、ステーブルコインです。アフリカは本当に新しい金融インフラを作ろうとしていて、特に国際間の取引では、アフリカの国は外貨不足が問題になっています。日本企業なら、企業にドルを払わなければいけない時、銀行に行けば日本円をドルに交換してもらえると思いますが、アフリカでは銀行に行ってもなかなか換えてくれません。
大手のホテルなどはどうしているかというと、月末になると従業員が親戚に電話をかけまくって、それぞれが持っている米ドルを片っ端から集めて、なんとか束ねて取引を完了させる事態が結構起きています。
そうした問題から、支払いの期限が遅れてしまうなど、さまざまな課題を今、「USDT」や「USDC」をベースとした国際取引のステーブルコインに変えて、中国とナイジェリアの貿易などが行われています。


























































それこそ、最近は中国の「BYD」の中古車なども、すごく普及してきています。新車のバイクに関しても、新車台数に対するEVの登録比率が、去年で15%くらいまで来ました。
中国や東南アジアを見ていると、7%を超えると一気に普及すると言われているので、今年はおそらく25%から30%くらいまで行くのではないかと思います。































今のお話を聞いて面白いと思ったのは、アフリカに対するイメージが全然違うんですよね。こんなにも日本にどんどん近づいてきている感じがします。
私はアフリカというと、昔の原風景が見える、シマウマがいそうなイメージなんですが、全然違う。文明国だなという感じがしますね。





























日本も昔は、西欧から見れば後進国だったわけじゃないですか。リープフロッグ現象というのは、遅れているからこそ既存の余分なものがなく、一気に海外のものを面白く吸収して飛び跳ねる現象ですよね。
日本にも明治、大正、昭和の時代に、そのような事があったのでしょうね。
一足飛びに行けるかどうかは分かりませんが、社会の価値観が大きく転換したのは、文明開化ですね。
たとえば男性は、それまでちょんまげをしていて、身分や職業によって少し形が違っても、必ずちょんまげだったわけです。ところが、現在の私たちがしているような洋髪という髪型に変えなければいけなくなったのが、明治4年(1871年)から明治8年(1875年)にかけての頃です。























































































学問を一定程度修めてきて、幕府が倒れて新しい世の中が来た以上、新しい価値観を受け入れていかなければ、この先で生きていく事はできないと悟っていったからだと思うんですよね。
意外なのは、農工商民の中では、工民と商民が次に散髪を普及させていって、一番抵抗したのは農民なんです。日本の総人口のほとんどが農村にいたので、散髪はなかなか普及しませんでした。




































アフリカでは「フィンテック」がすごく有名で、金融改革が起きているんですけど、国によってはレギュレーションやライセンス制度を厳しくして、なかなか発展が進まない国もあります。
リープフロッグが一気に進む時は、圧倒的に課題が大きくて、国としては「これを自分たちで変えるのは難しい」と思っている時に、民間企業が新しい事を始め、それをバックアップしながら一気に変わっていくという事が起こっています。
日本のその時代も、たとえば士族の人たちが4年で変わったのは、文化的な背景以外にも経済的なインセンティブがあったのか、少し気になりました。

























































































私が初めてアフリカに行ったのが2017年頃だったのですが、当時はスマートフォンをみんなが使っていたわけではなく、全体の15%から20%程度しか持っていませんでした。当時はガラケー、いわゆるフィーチャーフォンが主流だったので、スマートフォンに置き換わるまで10年くらいかかると、なんとなく思っていました。
ところが、気づいたら本当に2、3年で一気にスマートフォンに置き換わっていましたね。使える機能も全然違いますし、アフリカで金融が普及したのも、都市部にお父さんが出稼ぎに来て、週末に地元へ戻って家族にお金を渡すという背景がありました。
紙幣でやっていたのですが、帰る途中に強盗に遭ってお金を取られてしまう危険があり、一気に電子化された事で、そのような犯罪も無くなっていった事が結構ありました。便利さや経済合理性が、人を動かしていくインセンティブに大きくつながっていくのではないかと思います。
あとは年齢ですね。アフリカにおける年齢の中央値が18歳くらいなので、若い人が圧倒的に多いです。その辺りの受け入れは、かなり早いかもしれないと思います。































































そういう中での助け合いが、一つの幸せというか、そういう文化を作っています。結構デジタル化されてはいるんですけど、田舎に行くと今でもそのような文化はありますね。
一方で都市部に行くと、「成り上がったものが正義だ」というところも結構あります。


























































100年ぐらい前まで遡っていけば、だいぶ差がありました。都市部、東京のホワイトカラーと言われる、中産階級や中流家庭の人たちが、当時の流行ものなどを取り入れていましたね。農村部になると、地主と小作人で全然違います。
地主は金持ちですが、小作人には食べていくのが精一杯というような状況で、江戸時代までの生活と変わりがなかったと思います。それが戦後になって、高度経済成長になってきて、田中角栄氏による「日本列島改造論」(1972年6月)とか、あの辺りから変化してきたのではないでしょうか。
アフリカの方で貧富の格差が激しいとおっしゃっていましたが、もう「一億中流階層」みたいな形で、貧富の格差がなくなったと思います。飽食が当たり前になってしまって、今の日本人が「貧しい」と言っても、その価値観はある程度裕福なんですよね。
戦前はそうはいかないですからね。たとえば、親兄弟のために身を売りに行かなければいけないとか、今はそんな家ってないじゃないですか。社会的な背景も全然違うし、それだけ日本人が豊かになってきた、贅沢になってしまったという事です。

